桜が散ったら、君に99回目のキスを。
「円依、彼は?」


お母さんが私をつつく。


「…ええと、」


「円依さんのお母さんですか?」


私が答えるより先に相馬くんが口を開いた。


「西高の相馬という者です。俺の不注意で円依さんに怪我をさせてしまってすみませんでした」


そう言って頭を下げる相馬くんに、胸が痛い程締め付けられた。


相馬くんが謝る必要なんて、どこにもないのに。


「お母さん違うの、」


「話は聞きました」


弁解しようと言いかけた言葉はお母さんに遮られる。


「あなた、円依を助けてくれたんでしょう?それにスポーツは予想外が付き物なんだからあなたが気に病むことはないはずよ。助けてくれてありがとう。氷もね。」


相馬くんは目を伏せて首を横に振った。


「いえ、俺は別に何も。……お大事になさって下さい」


相馬くんは私とお母さんに一礼して、それから保健室を出て行った。


1度も、目は合わなかった。


「私も別に西高の子全員が悪い子なんて思ってないわよ。………帰ろう、円依。何も無くてよかった」


お母さんの声に、ノロノロと起き上がる。


例え相馬くんが私のことを友達だと思っていないにしても、あの言葉だけは聞いて欲しくなかった。


怒っていたらどうしよう。


あの穏やかな時間もなかったことになるのかな。


窓から見えた細い枝に1枚だけ残った桜の花びらが、風に攫われてどこかに揺蕩いながら飛んでいった。


冷たい氷だけが場違いに鮮明な感覚を手のひらに残していた。
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