桜が散ったら、君に99回目のキスを。
かこと桜ヶ丘の駅で別れて、電車を待つ。


錆びた鉄骨が剥き出しのホームには、夕日の金糸が空気に絡まって淡い光が満ちていた。


桜はとうに散っていた。


赤銅の幹と浅緑の若葉が見えるだけだ。


春は終わりを告げたのだと、私はぎゅっとスクールバックの紐を握った。


想いに境界線を引くように、やって来た電車に乗り込む。


背もたれに体を預けて、窓の外を眺めて、まるで季節に取り残された抜け殻のように。


もう少しで梅雨がやって来る。


雨が全てを流してくれるといい。


この胸の痛みを滲ませて、水溜まりに溶かしてはくれないだろうか。


「…天気予報、チェックしとかなきゃだな」


晴れと雨どちらを期待してるんだろうと自嘲しながら、私はセーラーワンピの右ポケットに手を伸ばした。


「あれ…」


スマホが見つからない。


いつも右ポケットに入れているはずなのに。


間違って他のところに入れちゃったのかな、とスクールバックの中も探してみるけど見つからない。


左ポケットにも入っていなかった。


「…教室に忘れた」


6限のあと、模試の掲示を写真に撮ってから掃除に行ってそのまま忘れてしまったんだ。


幸いうちの教室は部活に使われないから、人もいないだろう。


次の駅で降りて戻るしかない。


私はため息を吐いて電光板を見遣った。


次は西浜高校前。


なんの巡り合わせかと思うくらいの冗談だ。


その縁にあやかって相馬くんに謝る機会が舞い込みやしないか、そんなことを思った。
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