桜が散ったら、君に99回目のキスを。
西浜高校前で電車を降り、腕時計を確認する。


高校の入学祝いにお母さんが贈ってくれたピンクゴールドの小ぶりな時計だ。


一人っ子とはいえ、決して家計に余裕があるわけではなかっただろうに、永く使いなさいと手渡してくれた。


針は4時を過ぎている。


急がないと、日暮れが近い。


唇をきゅっと引き結んで反対のホームへと歩き出した時───


見間違えるはずのない真っ黒な髪。


陶器のように白い肌に、角張った手の甲。


出会った時のようにカーディガンは着ていないけれど、会いたくて、いつまでも私の胸を締め付ける後ろ姿がそこにあった。


「っ相馬くん!」


階段の途中で足を止めた相馬くんが、驚いたように振り向いた。


見開かれた深い黒の瞳に、オレンジの光が差し込む。


細長い指が1拍遅れて片方だけイヤホンを外した。


「なに…?」


問いかけられて、あの日と同じようにスカートを握りしめる。


小さく震える息を吸って、それから、


「この間のこと、謝りたくて」


心臓が口から出てきそうなくらいバクバクと跳ねている。


駅にはちらほら西高生がいるだけで、やけに私の口から零れる声が大きく聞こえた。


「相馬くんのことを拒絶したかったんじゃなくて、友達じゃないのは大切だからで、上手く言えないんだけど……私、相馬くんが………」


そこまで吐き出すように続けて、ぴたりと口の動きを止めた。


私、何を言うつもりなの。


好きだと言って何になるの。


かこを傷つけて、相馬くんを困らせて、そんなの私のしたいことじゃない。


言ってはいけない。


頭の中でそんな声が響いた。


相馬くんは急に黙りこくってしまった私を困ったように見つめて頬をかいた。


あのさ、


いつもより少しだけ低い声が投げかけられた。


上げた視線の先で、漆黒と目が合った。
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