桜が散ったら、君に99回目のキスを。
「君、誰だっけ」


「…え………?」


冷たい衝撃が爪の先まで広がる。


誰だっけ…?


鉛でも括り付けられたかのように手足が重い。


相馬くんの表情は読めない。


一切の思考が停止して、私はただ、呆然とその場に立ち尽くした。


相馬くんが私から視線を逸らして、手のひらで首を撫でた。


「申し訳ないけど、俺急ぐから」


それじゃあ。


相馬くんはイヤホンを耳に戻して、階段の影に消えていく。


コツコツと、ローファーが階段を打つ音だけが耳に響いていた。


全身の力が震えた指の先から抜けていく。


繰り返す呼吸は浅く、夕陽の光が目に沁みて痛い。


どくどくと脈打つ心臓は妙にゆっくりで、このまま止まってしまうんじゃないかとさえ感じられた。
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