桜が散ったら、君に99回目のキスを。
隣に相馬くんがいることが、大袈裟だけれど幸せだと思った。


恋が苦しいものだと、思いたくなかった。


伝えることが辛いことだと、認めたくなかった。


だから今この瞬間が、何よりも愛おしい。


「俺はあの日、鳴宮さんと出逢ったのが聖利じゃなくて俺でよかったって思ってる」


相馬くんの横顔は夕陽の残り香に照らされて、切なさが肌を滑っているようだった。


私と相馬くんの間を、群青の風が縫って広がる。


でもその風に、涙は乗っていない。


「言おうと思ってたことがあるんだ」


そこに言葉を置くように、ぽつりと相馬くんが言った。


「うん」


私も一言だけ、相槌を打つ。


豊かな緑を広げた桜の木が、風に揺れてさわさわ音を響かせた。


相馬くんの澄んだ瞳が私を映す。


「俺、鳴宮さんが好きだよ」


優しい声が、私たちを繋いだ。


「…私も、渉利くんが好き」


私たちを隔つものは、もう何も無かった。


ゆっくりと、確かめるように指が絡まる。


トクトクと心臓が高鳴るのは、


泣いてしまいそうなのは、


この恋が嘘じゃないと抱き締められるから。


触れる指先が、慕わしいほど暖かいから。
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