綾瀬くんは私が大嫌い
その子はやけに華奢で、手足が長く、毎日コテで巻いているだろうその髪は、毛先までケアが行き届いているのか永遠にツヤツヤのまま。
簡単にくり抜けそうに大きい瞳に綺麗にカールした長いまつ毛、以下省略するが彼女はこの世の美醜価値観の可愛さ部門トップを生きていた。
何故まつ毛まで長いとかそんな詳細まで事細かに分かるかと言うと、今、彼女が目の前にいるからだ。
「真輝くん、ごめんねいきなり押しかけちゃって。」
「え?マ、マサキクン???」
「あ、うん。小学生の頃から下の名前で呼んでたんだ。」
「えっ、そ、え?……そうなの?この世で綾瀬くんを下の名前で呼ぶ人初めて見た私。」
「あはは。じゃあ家族以外で私一人なのかもしれないね。」
水瀬桜子は綾瀬くんがどうも好きらしい。
違うクラスである彼女は昼休みにわざわざ綾瀬くんのところに来た。
というか綾瀬くんと私がいるところに割り込んできた、が正しい。
いや、本当に正しいのは私が綾瀬くんにしつこくへばりついていたところに割り込んできた、だ。
左右の女子高生に挟まれただ無表情に黙っていた綾瀬く……マ、マサキくんはいきなり立ちあがり颯爽と教室を出た。
そりゃあ鬱陶しいだろうな。
水瀬桜子。
彼女も彼の無愛想さに慣れているのだろう。「あ」と声を漏らして視線で追うけれど立ち上がって追いかけることはなかった。
そしてまた私を見て口を開く。
「中畑さんに感化されたの。」
「…カンカ?」
いきなり話し出すもんだから脳で処理できずに聞き返すけれど彼女はそんな事聞いてもないのか言葉は止まらない。
「私、拒否されることが怖くて。高校でまた真輝くんに会えて本当に嬉しかったのにずっと言えなくて。卒業する前までに言いたかったから中畑さんが挫けずにいるところを見て励まされて。」
形のいい唇からポンポン言葉が出てくるので随分おしゃべりなんだなと思う。全く関わりがないので知らなかった。
「…あー…。そうなんだ。」
特に彼女に話したいことがなく適当に相槌を打つと、艶々の髪をゆらし首を傾げる。
「私がなんて返事されたか聞いた?」
「…そういえば聞いてないね」
あの事件後、綾瀬くんとは一緒に帰らなかったし特にその話もしていない。
水瀬桜子の視線がゆっくり鋭くなったのがわかった。いきなりなんだ?と疑問に思うと「中畑さんさぁ」と言葉を続ける。
「あんまり興味なさそうだね」
「は?」
言葉に詰まった。
何を言い出すのかこの女は。
私の顔に嫌悪感が滲んだのだろう。水瀬桜子は急に笑顔に戻って立ち上がる。
「ごめん、怒ったの?怒る必要なんかないでしょ。」
そう言ってスカートをなびかせ教室を出て行った。