堕とされて、愛を孕む~極上御曹司の求愛の証を身ごもりました~

「瑠璃、帰ってるの?」

 その時、階下から母の声がしてハッと我に返る。
 
 玄関の靴にでも気づかれてしまったのだろう。

 私は今にも心を覆いつくしそうな不安の波をなんとか押しとどめてトイレのドアを開けると、一階の母に聞こえるよう大声を出した。

「うん。ただいま! ごめんね、お腹が痛くて二階のトイレにいる!」
「あら、大丈夫?」
「たぶん! 落ち着いたら下に行くね」

 そうして再びトイレのドアを閉め、手の中の検査薬を改めて見つめる。

 二本の赤い線。信じたくない。なにかの間違いではないだろうか。

「……うっ」

 高まる不安に耐えきれなくなったかのように、吐き気がせりあがってきた。口元を押さえるのと同時に、今まで不可解だったこの体調不良が妊娠によるものだと信じざるをえず、目にはじわっと涙が浮かんだ。

 どうしよう、私。志門さんの子を、身籠ってしまった――。





 私は妊娠の事実を家族にもほかの誰にも打ち明けられないまま、大学とバイトを五日間休んだ。病院に行く勇気も出ない。

 その間、何度も志門さんの名刺を見ては、連絡してみようかと考えた。

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