愛を贈りたいから〜これからもずっと〜
春は別れと出会いの季節。それに伴って、終わりを告げることが生まれ、また新たなことが始まる季節。


この春、私は辛い別れを経験した。入社以来、上司として、先輩として、指導して下さり、また姉のように慕って来た丸山陽菜さんが会社を去って行った。


理不尽とも思える辞令を受け、デザイナーを辞めることを強いられた陽菜さんは、敢然とそれを拒否。本社への再転属を断り、辞表を提出したのだ。


「この業界、転職、会社の移籍、ヘッドハンティングなんて珍しくもなんともないし、腕に自信のあるデザイナーはいつかは、自分一人でって意識はみんな持ってるよ。会社からデザイナー失格の烙印を押された人間が、おこがましいかもしれないけど、でも、このまま引き下がりたくはないから。」


平賀さんに辞表を提出して、デスクに戻って来た陽菜さんの表情は、あの辞令を受けた日とは、別人のように穏やかだった。


それから、淡々と残務整理と引き継ぎをこなし、明日からはいよいよ有給休暇取得に入り、事実上退社となる最後の日。私は、陽菜さんに誘われて、食事に出掛けた。


既に有志による送別会は終わっていたけど


「最後に付き合いなよ。」


と言われて、断る理由はなかった。会社帰りに、何度もご一緒したイタリアンレストランで


「いよいよ、ここに来るのも最後か。」


なんて言いながら、でも陽菜さんはしんみりするでなく、最後に愚痴ったり、憤りを露わにすることもなかった。


ありきたりな会話を交わしながら、時間はあっと言う間に過ぎて行く。ほどよくアルコールも入って、和やかな雰囲気だったけど、頃合いを見計らって、私は紙袋を差し出した。


「陽菜さん、2年間、本当にありがとうございました。これ、お礼と言うには、あまりにも大したものじゃないんですけど、よろしかったら、お使い下さい。」


「なんだ、気遣わせちゃったな。でもありがとう。」


そう言って、陽菜さんは笑顔で受け取ってくれた。


「陽菜さん。」


「うん?」


「寂しいです。」


「由夏。」


「本当はもっと一緒に仕事したかったです。もっともっといろんなことを教えて頂きたかったです。それなのに・・・こんなの、納得出来ないです。」


そう言い終わった途端、私の目から、涙が溢れて来た。
< 154 / 330 >

この作品をシェア

pagetop