愛を贈りたいから〜これからもずっと〜
既に他の選手も監督、コーチもみんな引き上げ、誰もいなくなって、練習場にただ1人。受けてくれるキャッチャーもいないから、ネットに向かって、一心不乱に投げ続ける。


(俺は確か、プロ野球選手だよな。)


こうしていると、子供の頃、壁に向かって1人でボールを投げて練習してたのを思い出して、少し虚しく、寂しくなって来るが、そんなことを言っている場合じゃない。


俺は見えないキャッチャー、見えないバッターに目掛けて、懸命にボールを投げ続けた。


何球投げたのだろう。汗びっしょりになった俺に


「塚原選手、そろそろ閉めさせてもらいたいんですが。」


球団スタッフから、声が掛かる。もう、そんな時間か。


「わかりました、ありがとうございました。」


俺はそう返事をして、投げ散らかしたボールを拾い集める。


そして帰り際、練習場に向かって一礼。これは野球選手としてのマナーだ。


相当、汗をかいたので、本当はシャワーを浴びたかったけど、ギリギリまでやらせてもらって、これ以上、スタッフを待たせても悪いので、俺は着替えてそのまま、駐車場に向かった。


すると


「塚原くん。」


と声が掛かる。東北、仙台のファンは熱心で熱烈だ。俺達ファームの選手にも声援を送ってくれるファンが多い。


試合や練習が終わった後の俺達を待ち構えていて、サインをねだられることも、珍しいことではない。もちろん、それに応えるのは、俺達選手にとっては、当然のことだ。


それにしても、時計の針はまもなく8時。長い夏の日も既にとっぷり暮れている。随分熱心なファンだな。


それに、老若男女に関わらずだいたいのファンは「塚原選手」と呼びかけて来る。くん付けは珍しいな、まぁ声からして若い女性だからかな、なんて思いながら、その声の方を向いた。


「久しぶり。わかる、かな?」


暗くて、よく見えなかった。でも、その声には聞き覚えがあった。


暗さに目が慣れて来て、その子の姿が見えて来る。まさかと思ったが、やっぱりそうだ。俺が覚えている姿からは、一段と綺麗に、大人の女性になった彼女がそこにいた。


長谷川(はせがわ)・・・。」


そう呼び掛けた俺の声に彼女、長谷川菜摘(なつみ)は、嬉しそうに微笑んだ。
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