愛を贈りたいから〜これからもずっと〜
俺達が慌てたのには、理由がある。試合前半から劣勢に立たされた、ウチのチームは、既に他のピッチャーを使い果たし、今のピッチャーが、ベンチ入りしていた最後のピッチャーだった。つまり、奴がもしこのまま退場してしまったら、Eにはもう投げるピッチャーがいないのだ。


いや、ピッチャー登録の選手は確かにいない。だがピッチャーはあと1人、1人だけいる・・・。


「聡志。」


「はい。」


「一旦ベンチに戻って、レガース外して来い。」


担架でベンチに下がるピッチャーを見送りながら、言った小谷さんの言葉に、俺は凝然となる。


「あの様子じゃ、アイツの続投は無理だ。だとしたら、お前しかおらんだろう。」


「・・・わかりました。」


俺は頷くとベンチに下がる。ベンチの全員の視線が俺に集まる。


「行けるか?」


「行くしかないでしょ。」


監督の問いに短く答える。


「取り敢えず、治療はしている。が、準備はしてくれ。」


「はい。」


そう答えると、キャッチャーの装備を外し、俺はベンチ前でキャッチボールを始める。登板に備えての肩づくりだ。


治療は5分程続いたが、結局トレーナーから無理との報告がベンチに届き、監督が審判に告げた。


「ピッチャー塚原。」


そして、場内アナウンスで俺の登板がつげられると、既に、ざわついていたスタンドから大歓声が上がる。


(エライことになっちまったぜ、由夏。)


今日は土曜日、恐らくテレビで応援してくれてるはずの恋人に、俺は語りかける。


チーム事情もあって、俺はこのところ、ほぼキャッチャーとして過ごして来た。ピッチャーとしては、試合はおろか、練習も満足に出来ていない。


それに、キャッチャーからピッチャーへの試合中の変身自体は、何度も経験していることだが、12イニングもキャッチャーとして出場してからの登板は、さすがに初めてだ。当然疲れもある。満足なコンディションとは、間違っても言えない状況だった。


でも、今は俺が投げるしか、ない。


「聡志。」


入念な投球練習を終えると、横で見守ってくれていた小谷さんが、声を掛けて来る。


「これはピッチャー塚原聡志に神が与え給うた、最大の試練であり、最大のチャンスだ。」


「はい。」


「とにかく後悔だけはせんよう、思いっきり腕を振ってけ。いいな。」


「はい。」


力強く頷いた俺に、笑みを浮かべると、小谷さんはベンチに退く。


(さぁ、待ったなし。勝負だ。由夏、行くぜ!)


俺はバッターを睨み据えた。
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