愛を贈りたいから〜これからもずっと〜
今から7年前、時期もちょうど同じ頃、俺はEとGのオ-プン戦をここ、東京ド-ムに見に来たことがある。俺は卒業を間近に控えた高校3年生だった。


そのグラウンドには松本省吾さんがいた。俺よりたった1年前に高校を卒業したばかりの先輩は、既にGの主力選手となっていて、その華やかな雰囲気と華麗なプレ-で俺を魅了してくれた。俺がそれまで漠然と抱いていた、プロ野球への憧れを、はっきりと自覚したのは、この時だった。


そして、その思いを、問われるままに、隣にいた女子に告げた。その女子は由夏じゃない、長谷川だ。あの日、俺は長谷川に誘われて、ド-ムへ来た。そして、その帰り道、彼女から告白された。


当時の俺と由夏は、あやふやな「幼なじみ」という関係から抜け出せず、相手の気持ちも、自分の気持ちも分からなくなって揺れていた。そのお互いの気持ちを、結果的に、はっきりさせてくれたのは、皮肉にも長谷川の存在だったことになる。


そして今。25歳になった俺は、憧れていた舞台に立つまで、あと一歩というところまで来た。そして、俺がその舞台に立てることを信じ、応援し続けて来てくれた由夏の目の前で、俺はそれをしっかり掴みたい、掴んで見せたい。


俺は夢中で投げた、ただ醍醐さんのサイン通りに。最初の打者は三振、あとの2人はポップフライ。三者凡退に退けて、ベンチに下がる俺の目に、大きな拍手を送ってくれてるあいつの姿が写る。


「いいぞ、聡志。この調子で、あと1イニングだ。」


小谷コ-チの言葉に、俺は頷いた。


そして2イニング目。打席に立った9番打者に、この辺の打者には打たれるかいと、投げ込んだ速球をいとも簡単に打ち返されてしまう。


「安易に放るな、慎重に行け!」


ベンチから小谷さんの声が届く。気を取り直して、投球に入るが、力んでしまい、今度は四球。続くバッタ-にバントで送られ、ワンアウト2塁3塁。ヒットが出れば2点失うピンチだ。


「これで・・・確実に4番の松本先輩に打順が回るね。」


緊張の表情で、胸の前に手を合わせて、戦況を見つめる由夏が、隣の桜井にそうつぶやいたことは、知る由もなかったが、しかし松本さんの忍び寄る影は当然、俺も意識せざるを得ない。


1点もやるわけには行かない。そう決意して、3番打者に相対したが、痛打を浴び、やられたと後ろを振り返ると、レフトがス-パ-キャッチ。思わずホッとしたが、しかし犠牲フライになって1点を失い、Eのリ-ドも1点になってしまった。そしていよいよ・・・。


「4番 サ-ド松本。」


のコールに乗って、先輩が登場。オ-プン戦とは思えない程の大歓声と緊迫感がド-ムを包む。


試合前、松本さんに挨拶に行った。このオフは神奈川に帰らなかったから、毎年楽しみにしていた年初の高校野球部のOB会も欠席した為、松本さんとは1年以上会ってなかった。そのせいか、随分と歓迎してくれたが、当然今はそんな雰囲気は、欠片もない。


もの凄い迫力に、気圧されそうになるが、気持ちで負けてはおしまいと、俺もグッと先輩をにらみ返す。お互いの間に火花が散ったと思った途端に、野崎監督がベンチを出る。


(まさか交代か?)


息を呑んだ次の瞬間、監督は一塁を指差した。


(マジ、かよ・・・。)


その瞬間、力が抜けた。なんと、オ-プン戦にも関わらず、敬遠の指示。勝負にシビアな監督らしいと言えばそれまでだが、いやはや・・・。


しかし気を取り直さないと。ピンチは続いているのだ。気合いを入れ直して、投じた球を5番打者が、力なくセカンドにゴロを転がして、ピンチを脱した。


結局2イニングを1失点。


「中途半端な結果、聡志らしいよ。」


緊張が解けて、いつもの調子に戻った由夏が、桜井にこう告げた通りの結末。


「よう投げた、ナイスピッチングだ。」


という小谷さんの言葉も、微妙な結果に、やや力がないように思えた。
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