愛を贈りたいから〜これからもずっと〜
初球、内角高めにストレート。まず、のけぞらせて身体を起こす。俺でもそうサインを出すだろう。俺が投じたボールを、先輩はそのようにして見送った。ワンボール。


2球目以降、外、内と揺さぶって、なんとか打ち取ろうとするが、当然松本さんにも、それは読めているから、しっかり対応して来る。際どいボールは見極められ、いいコースに決まったと思えば、ファールで逃げられる。


既に限界の近い塚原相手に、持久戦なら負けはない。先輩はそう思っているようだ。


ついにスリーボールツーストライク、いわゆるフルカウントに。


四球で逃げる手はある。二死満塁とピンチは広がるが、まだ点を取られるわけではない。ただ、俺はもう交代だろう。そうなれば、そのあとのピッチャーが抑えて、試合に勝ったとしても、5回を投げきれなかった俺は、勝ち投手にはなれない。


勝負しか、ない。


スタンドからの大歓声は、圧倒的に俺に向けられている。ホームチームの優位さだが、バッターボックスの先輩は悠然と構え、俺を見つめる。追い詰められているのは、明らかに俺の方だった。


(由夏、どうしたらいい、なに投げたらいいんだ?)


事ある毎に、試合中にあいつに心の中で、語り掛けるのは、いつの間にか身に付いた俺のルーチン。でも、さすがにどうしたらいいか聞くことは滅多にない。


もちろんあいつが答えてくれるわけはないんだが、でも


「聡志が自分の投げたいボールを、自分を信じて投げればいいんだよ。」


と多分、俺が言って欲しい言葉をくれる由夏の声が聞こえて来た・・・気がする。


(投げたい球か・・・。)


ここまで来て、投げたい球は1つしかない。悔いのないように、今投げられる渾身のストレート。だが・・・。


(今、俺がキャッチャーなら、ピッチャー塚原聡志に何を投げさせる?)


ふと、そんな考えが、頭をよぎる。そして、1つの考えがまとまって、醍醐さんのサインを覗くと、俺は思わず息を呑んだ。


(一緒だ・・・。)


次の瞬間、俺は力強く頷いた。


(勝負!)


俺は全力で、腕を振った。それはストレートと見せかけて、タイミングを外した遅いカーブ。先輩があっという表情で見逃すのが見えた。


「ストライク、バッターアウト!」


審判のコールが響いて、その瞬間に大歓声が上がり、俺は大きくガッツポーズ!


(やったぜ、由夏!)


俺は、そう心で吠えていた。
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