愛を贈りたいから〜これからもずっと〜
さっきまでの高揚感は吹っ飛び、俺は緊張の面持ちで、監督の待つ記者席に入った。


あのピッチングを披露して、さすがに怒られることはないだろうが、相手は何事にも辛口のコメントで知られる野崎さんだ。それに視察中に、一軍監督が二軍の一選手をわざわざ呼びつけるなんて、異例のことだ。


「失礼します。塚原、入ります!」


とりあえず元気な挨拶は、スポーツ選手の基本。そんな俺の声で、新監督はゆっくり振り返ると、少し目を細めて


「おぅ、お前が噂の二刀流くんか。」


とのんびりというか、ややおトボケの入った口調で言った。


「はい、よろしくお願いします。」


そう言って俺は深々と頭を下げる。


「まぁ、そんな緊張しなさんな。」


と笑う新監督。だけど、この茫洋とした風貌、口調に騙されるとえらいことになる。


「お前のピッチング、初めて見た。いい球、放るやないか。」


「ありがとうございます。」


「あんな球投げられるのに、1年間、なにしとったんや?」


痛いところをつかれ、俺が返答に困ってると


「まぁ、ええわ。この調子で、気ぃ抜かんと頑張れや。来年期待しとるからな。」


「ありがとうございます。」


新監督から、こんな言葉を掛けられて喜ばない選手はいない。俺がまた気分を上げていると


「ところで、もう1つの方の商売はどうなっとんのや?」


キャッチャーのことだろう。


「はい、現在開店休業中です。」


その俺の答えが気に入ったのか、ニヤリと笑った新監督は


「そうか、じゃそっちもちゃんと営業しとけ。」


と言って笑う。


「えっ?」


「小谷にもちゃんと言っとくから、いいな。」


「はい。」


「よし、じゃ戻ってよろしい。人のプレーを見るのも勉強や。」


「はい、失礼します。」


また一礼して、俺は記者室を出た。


(よし!)


人目がないことを確認した俺は、思わずガッツポーズを決めていた。
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