君の光に恋してる!~アイドルHinataの恋愛事情【1】~
09 信じてくれない
映画の撮影が始まって、約一ヶ月が経過した。
今回の映画は、東京からはかなり離れた地方の無人島での撮影が中心。
その無人島近くの別の有人の島の宿で寝泊りする。
この一ヶ月、別の仕事で東京に戻ることはあっても、自分の部屋へ帰ることなく島へとんぼ返りという状況が続いている。
当然、彼女ともこの一ヶ月会ってない。
……で、僕は今、東京にいる。
もうすぐ、11月の末だ。
12月の頭に発売される、Hinataの新曲のプロモーションで、今日から5日間は島を離れて、この東京での仕事なんだけれど。
実は、明日は一日オフをもらってある。
本当は、今日の方がよかったんだけれど、それはどうしても無理ということで、明日になってしまった。
彼女の仕事の予定は分からないし、彼女の方もこの時期は毎年忙しくなるから、一緒にゆっくり過ごすなんてことは無理だと思うけど。
それでも、これだけ時間があれば、どこかで2、3時間くらいは会って話ができるんじゃないかと思っている。
……1時間でも、30分でもいい。
彼女に、どうしても会って直接話したいことがある。
「昨日、奈々子に会ったぞ」
テレビ局での歌収録の待ち時間中、盟くんが話しかけてきた。
中川盟くんは、Hinataのメンバーの一人で、僕より1つ年上。
「……どこで?」
「友人の結婚パーティーの2次会。30人くらい芸能人が集まっててさぁ、すごい盛り上がってたよ」
「あぁ……、そういえばそんな招待状来てたな……」
映画の撮影がなくても、そういう集まりには興味がないからどのみち僕は不参加だ。
「何年振りかな、奈々子とあんなに話をしたのは。あいつがデビューする前に共演した再現ドラマの時以来だから……」
「あれ? あいつと共演なんかしてた?」
「してたしてた。大阪でロケしてて、ホントは別のコが出る予定だったんだけど、出られなくなって、そこに偶然、奈々子が通りかかったから、お願いしたんだ。バラエティー番組の中の再現ドラマだから、気軽にって」
「へぇ……。どんな?」
「ボクの妹役」
「……知らなかった」
「ほんのちょっとだったしね。オンエアなんて、2分無かったと思うよ。でも、その再現ドラマを今の事務所の人が見て、声かけてもらったんだって。昨日、言ってた」
「へぇ……」
「まぁ、あいつから見たら、ボクは兄の仕事仲間なわけだし、ボクにとっても妹みたいなもんだしね。そりゃ、演技も自然にできるよな」
そんなことがあったなんて、奈々子からは一言も聞いてないんだけど。
「それにしてもねぇ、初めて会ったときには、あいつまだ小学生だったのになぁ。あんな…………」
「あんな?」
「…………いや、なんでもない。今、おまえと同じマンションに住んでるんだって?」
「あぁ、たまたま別の階だけど部屋が空いたって言ったら、一週間後には越してきた」
「相変わらず、ブラコンだね。昨日もおまえの話ばっかだったよ」
盟くんが苦笑って言うので、僕は思わず頭を抱えた。
「……あいつは、危機感ねぇな」
「ホントだな。でも、あいつ話の筋もないから、事情を知らない人には分からなかったと思うけど」
盟くんは、「ホント、いろんな意味でほっとけないよな」と笑った。
「高橋ぃぃいっ! おまえなんで明日オフなんかとったんだよ!」
今度は、直くんだ。
これで、Hinataのメンバー全員が揃った。
Hinataの最年長のリーダー、樋口直くん。僕より3つ年上。
駆け寄ってきた直くんは両手を伸ばして、僕の首をガシッと掴む。
「いでででっ!! 直くん、痛いって、首! ……最近、映画の撮影とか忙しいから、一日くらい東京でゆっくり……」
「おまえ、今日誕生日だろ? 今日、明日と彼女と過ごすのかっ?」
……なんだ、からかいに来ただけか。
「…………だといいけどね」
「えっ、おまえ、彼女いんの?」
「このタイミングでオフいれるんだ、いるんだろ? 高橋、白状しろ!」
直くんと盟くんは、二人して盛り上がってる。
「…………いるけど」
「何!? 相手はどんな人だ? このギョーカイの人か?」
「……道坂さん」
「は?」
二人は、一瞬止まってしまった。
「……誰? 若手のモデルか……アイドル?」
「じゃなくて、お笑い芸人の」
「ああ、あの道坂さんね。仲いいよね、高橋と。近所に住んでるんでしょ?」
「そうそう」
「っつーか、そんなネタはいいから、白状しろって」
……ネタじゃなくて、本当なんだけど。
「いや、だから……」
「Hinataのみなさーん、歌収録の準備できましたんで、お願いしまーす」
スタッフに呼ばれて、そこで会話は終了。
……どうして、本当のことを言っているだけなのに、ネタだと思われてしまうんだろう?
****
私は、とある年末特番の収録のために、テレビ局の控え室にいた。
さっきまで、マネージャーがいたんだけれど、打ち合わせかなにかで呼ばれて出ていってしまったので、今、控え室には私ひとり。
机の上にはお弁当が用意されているけれど、今はあまり食べる気がしない。
私は、かばんの中からミュージックプレイヤーを取り出した。
これにはHinataの曲ばかりはいってる。
諒くんに会えない日が続くと、私はいつもこれ。
諒くんのソロ曲なんて、『もしこれがカセットテープだったら伸びきって聴けなくなってるよね』っていうくらい、もう何十回、何百回と聴いてる。
Hinataって、アイドルだから、歌唱力を前面に押し出すような売り出し方はしていないんだけれど。
このちょっと艶っぽいというか、しっかりとした諒くんの歌声が、私はすごく好き。
ここ一ヶ月、諒くんに会ってないな……。
私、しばらくイヤホンから流れてくる諒くんの歌声に聴き入ってた。
2曲聴いたところで、控え室のドアが開いた。
スタッフが呼びに来たんだ。
イヤホンを耳から外して視線をスタッフの方に向けると。
スタッフは何も言わずに、ただ立ち尽くしている。
……呼びに来たんじゃないの?
「……あの、何か?」
私が呼びかけてみても、無反応だ。
その男性スタッフの視線は、私の顔ではなく、私の上半身のあたりをさまよっていて、ゆっくりと私に近づいてくる。
私は、ミュージックプレイヤーをお守りのように握り締めたまま、ゆっくりと立ち上がった。
この人、ほんとに番組のスタッフかしら?
そういえば、見たことがないような気がする。
…………怖い。
根拠はないけど、なぜだか嫌な予感がする。
逃げた方がいい。
私は、男に背を向けないよう、ゆっくりとドアを目指して動き始めた。
男は、じわりじわりと、私との間合いを縮めていく。
ほんとは、ドアに向かって走り出したい気持ちだけど、もしそんなことして、いきなり襲いかかられたらと思うと、とてもじゃないけど、できない。
ゆっくり……もう少しで……着いた!
私は、後ろ手にドアを開けると、控え室から飛び出した。
そこには――――――――。
「えっ……みっ……道坂さん?」
「りょっ……諒くん!?」
諒くんだ! 諒くんがいた!
諒くんは、私のただならぬ様子を見て、異変を察してくれたようだ。
私に続いて、控え室から出てきたのは、あのあからさまに怪しい男!
「………………さがって!!」
諒くんは、そう言ったかと思うと、私と怪しい男の間に飛び出して、男の胸倉を掴んで殴りかかった。
――――そのとき!!
「だぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 高橋クン、ストップ!! ドッキリやねん!!」
突然の男性の声に、諒くんは殴りかかっていたこぶしを、寸でのところでピタリと止めた。
諒くんは、その声の主の方を見て、
「あ…………阿部さん?」
声の主は、私がレギュラー出演している『しぐパラ』のメインを努めている、お笑いコンビ『コンストラクション(略して、『コンスト』)』の阿部さんだった。
「ごめんなぁー。年末特番のドッキリやねん。こいつ、『しぐパラ』の新人スタッフ。水野クンって言うの」
といって、阿部さんは怪しい男の方を指差した。
男は、さっきまでの怪しさとはうってかわって、さわやかな笑みを浮かべ、
「すんませんでしたー。今後もよろしくお願いしまーす!」と頭を下げた。
私も、諒くんも、唖然、呆然。
「ところで、道坂サン。そのミュージックプレイヤー、そんなに大事なん?」
阿部さんに指摘されて、私はまだミュージックプレイヤーを握り締めていたことに気づいた。
「あ、これは……」
「どんな曲入ってんの?」
阿部さんの問いに私が答えるよりも先に、諒くんが私の手からミュージックプレイヤーを抜き取って、勝手に操作して聴き始めてしまった。
諒くんは、イヤホンから流れてくる曲に含み笑いをしながら、私に視線を向けた。
「道坂さん、これ……中国語講座?」
今回の映画は、東京からはかなり離れた地方の無人島での撮影が中心。
その無人島近くの別の有人の島の宿で寝泊りする。
この一ヶ月、別の仕事で東京に戻ることはあっても、自分の部屋へ帰ることなく島へとんぼ返りという状況が続いている。
当然、彼女ともこの一ヶ月会ってない。
……で、僕は今、東京にいる。
もうすぐ、11月の末だ。
12月の頭に発売される、Hinataの新曲のプロモーションで、今日から5日間は島を離れて、この東京での仕事なんだけれど。
実は、明日は一日オフをもらってある。
本当は、今日の方がよかったんだけれど、それはどうしても無理ということで、明日になってしまった。
彼女の仕事の予定は分からないし、彼女の方もこの時期は毎年忙しくなるから、一緒にゆっくり過ごすなんてことは無理だと思うけど。
それでも、これだけ時間があれば、どこかで2、3時間くらいは会って話ができるんじゃないかと思っている。
……1時間でも、30分でもいい。
彼女に、どうしても会って直接話したいことがある。
「昨日、奈々子に会ったぞ」
テレビ局での歌収録の待ち時間中、盟くんが話しかけてきた。
中川盟くんは、Hinataのメンバーの一人で、僕より1つ年上。
「……どこで?」
「友人の結婚パーティーの2次会。30人くらい芸能人が集まっててさぁ、すごい盛り上がってたよ」
「あぁ……、そういえばそんな招待状来てたな……」
映画の撮影がなくても、そういう集まりには興味がないからどのみち僕は不参加だ。
「何年振りかな、奈々子とあんなに話をしたのは。あいつがデビューする前に共演した再現ドラマの時以来だから……」
「あれ? あいつと共演なんかしてた?」
「してたしてた。大阪でロケしてて、ホントは別のコが出る予定だったんだけど、出られなくなって、そこに偶然、奈々子が通りかかったから、お願いしたんだ。バラエティー番組の中の再現ドラマだから、気軽にって」
「へぇ……。どんな?」
「ボクの妹役」
「……知らなかった」
「ほんのちょっとだったしね。オンエアなんて、2分無かったと思うよ。でも、その再現ドラマを今の事務所の人が見て、声かけてもらったんだって。昨日、言ってた」
「へぇ……」
「まぁ、あいつから見たら、ボクは兄の仕事仲間なわけだし、ボクにとっても妹みたいなもんだしね。そりゃ、演技も自然にできるよな」
そんなことがあったなんて、奈々子からは一言も聞いてないんだけど。
「それにしてもねぇ、初めて会ったときには、あいつまだ小学生だったのになぁ。あんな…………」
「あんな?」
「…………いや、なんでもない。今、おまえと同じマンションに住んでるんだって?」
「あぁ、たまたま別の階だけど部屋が空いたって言ったら、一週間後には越してきた」
「相変わらず、ブラコンだね。昨日もおまえの話ばっかだったよ」
盟くんが苦笑って言うので、僕は思わず頭を抱えた。
「……あいつは、危機感ねぇな」
「ホントだな。でも、あいつ話の筋もないから、事情を知らない人には分からなかったと思うけど」
盟くんは、「ホント、いろんな意味でほっとけないよな」と笑った。
「高橋ぃぃいっ! おまえなんで明日オフなんかとったんだよ!」
今度は、直くんだ。
これで、Hinataのメンバー全員が揃った。
Hinataの最年長のリーダー、樋口直くん。僕より3つ年上。
駆け寄ってきた直くんは両手を伸ばして、僕の首をガシッと掴む。
「いでででっ!! 直くん、痛いって、首! ……最近、映画の撮影とか忙しいから、一日くらい東京でゆっくり……」
「おまえ、今日誕生日だろ? 今日、明日と彼女と過ごすのかっ?」
……なんだ、からかいに来ただけか。
「…………だといいけどね」
「えっ、おまえ、彼女いんの?」
「このタイミングでオフいれるんだ、いるんだろ? 高橋、白状しろ!」
直くんと盟くんは、二人して盛り上がってる。
「…………いるけど」
「何!? 相手はどんな人だ? このギョーカイの人か?」
「……道坂さん」
「は?」
二人は、一瞬止まってしまった。
「……誰? 若手のモデルか……アイドル?」
「じゃなくて、お笑い芸人の」
「ああ、あの道坂さんね。仲いいよね、高橋と。近所に住んでるんでしょ?」
「そうそう」
「っつーか、そんなネタはいいから、白状しろって」
……ネタじゃなくて、本当なんだけど。
「いや、だから……」
「Hinataのみなさーん、歌収録の準備できましたんで、お願いしまーす」
スタッフに呼ばれて、そこで会話は終了。
……どうして、本当のことを言っているだけなのに、ネタだと思われてしまうんだろう?
****
私は、とある年末特番の収録のために、テレビ局の控え室にいた。
さっきまで、マネージャーがいたんだけれど、打ち合わせかなにかで呼ばれて出ていってしまったので、今、控え室には私ひとり。
机の上にはお弁当が用意されているけれど、今はあまり食べる気がしない。
私は、かばんの中からミュージックプレイヤーを取り出した。
これにはHinataの曲ばかりはいってる。
諒くんに会えない日が続くと、私はいつもこれ。
諒くんのソロ曲なんて、『もしこれがカセットテープだったら伸びきって聴けなくなってるよね』っていうくらい、もう何十回、何百回と聴いてる。
Hinataって、アイドルだから、歌唱力を前面に押し出すような売り出し方はしていないんだけれど。
このちょっと艶っぽいというか、しっかりとした諒くんの歌声が、私はすごく好き。
ここ一ヶ月、諒くんに会ってないな……。
私、しばらくイヤホンから流れてくる諒くんの歌声に聴き入ってた。
2曲聴いたところで、控え室のドアが開いた。
スタッフが呼びに来たんだ。
イヤホンを耳から外して視線をスタッフの方に向けると。
スタッフは何も言わずに、ただ立ち尽くしている。
……呼びに来たんじゃないの?
「……あの、何か?」
私が呼びかけてみても、無反応だ。
その男性スタッフの視線は、私の顔ではなく、私の上半身のあたりをさまよっていて、ゆっくりと私に近づいてくる。
私は、ミュージックプレイヤーをお守りのように握り締めたまま、ゆっくりと立ち上がった。
この人、ほんとに番組のスタッフかしら?
そういえば、見たことがないような気がする。
…………怖い。
根拠はないけど、なぜだか嫌な予感がする。
逃げた方がいい。
私は、男に背を向けないよう、ゆっくりとドアを目指して動き始めた。
男は、じわりじわりと、私との間合いを縮めていく。
ほんとは、ドアに向かって走り出したい気持ちだけど、もしそんなことして、いきなり襲いかかられたらと思うと、とてもじゃないけど、できない。
ゆっくり……もう少しで……着いた!
私は、後ろ手にドアを開けると、控え室から飛び出した。
そこには――――――――。
「えっ……みっ……道坂さん?」
「りょっ……諒くん!?」
諒くんだ! 諒くんがいた!
諒くんは、私のただならぬ様子を見て、異変を察してくれたようだ。
私に続いて、控え室から出てきたのは、あのあからさまに怪しい男!
「………………さがって!!」
諒くんは、そう言ったかと思うと、私と怪しい男の間に飛び出して、男の胸倉を掴んで殴りかかった。
――――そのとき!!
「だぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 高橋クン、ストップ!! ドッキリやねん!!」
突然の男性の声に、諒くんは殴りかかっていたこぶしを、寸でのところでピタリと止めた。
諒くんは、その声の主の方を見て、
「あ…………阿部さん?」
声の主は、私がレギュラー出演している『しぐパラ』のメインを努めている、お笑いコンビ『コンストラクション(略して、『コンスト』)』の阿部さんだった。
「ごめんなぁー。年末特番のドッキリやねん。こいつ、『しぐパラ』の新人スタッフ。水野クンって言うの」
といって、阿部さんは怪しい男の方を指差した。
男は、さっきまでの怪しさとはうってかわって、さわやかな笑みを浮かべ、
「すんませんでしたー。今後もよろしくお願いしまーす!」と頭を下げた。
私も、諒くんも、唖然、呆然。
「ところで、道坂サン。そのミュージックプレイヤー、そんなに大事なん?」
阿部さんに指摘されて、私はまだミュージックプレイヤーを握り締めていたことに気づいた。
「あ、これは……」
「どんな曲入ってんの?」
阿部さんの問いに私が答えるよりも先に、諒くんが私の手からミュージックプレイヤーを抜き取って、勝手に操作して聴き始めてしまった。
諒くんは、イヤホンから流れてくる曲に含み笑いをしながら、私に視線を向けた。
「道坂さん、これ……中国語講座?」