君の光に恋してる!~アイドルHinataの恋愛事情【1】~
12 そういうことじゃなくて
あの男、絶対感づいている。
彼女と一緒に店を出た僕は、しばらくそのことで頭がいっぱいだった。
2年前といい、今回といい、あの男の笑い方がどうにも気に入らない。
前回はこれといって被害もなかったから、まぁいいとして。
今回の標的は、僕というよりは、奈々子の方だ。
どこから嗅ぎ付けてきたんだ、あの男は。
奈々子は、僕の妹であることを公表するのはまだ早いと思っている。
奈々子がそう思っているなら、僕はそれに協力するより他ない。
いつまで、隠しておくつもりなんだろう。
奈々子がさっき、『この人呼ぶから』といって見せた携帯には、盟くんの名前と電話番号が表示されていた。 盟くんなら、事情も知っているから、大丈夫だろうと納得したけれど。
……よくよく考えてみれば、これは奈々子の問題だ。
それなら、僕があれこれ頭を悩ますのも無意味なこと。
そうだ。今の僕は、自分のことで手一杯なはずだ。
貴重な時間を無駄にした気分だ。
気づいたら、既に彼女の住むアパートの目の前まで来ていた。
僕は深呼吸をして、彼女の顔をまっすぐ見つめた。
****
「最近、仕事は忙しい?」
さっきまで難しい顔をして黙り込んでいた諒くんは、突然穏やかな表情で私に聞いた。
「え? あ……そうね、もうすぐ年末だし……」
居酒屋にいたときとは、まるで別人だ。
あまりの切り替わりの早さに、私はついていけずに、そう答えるのがやっとだった。
今、目の前にいる諒くんは、私の知っている普段の諒くんだけれど。
本当の諒くんは、いったいどっちなんだろう。
「そうだね。毎年この時期はお互い忙しい。今年は、僕が映画の仕事はいっちゃってるからね。よりによって、携帯も圏外の無人島」
諒くんはそう言って、天を仰いだ。
もうすぐ12月。少し前に諒くんと一緒に牛丼食べた日よりもいくらか空気が澄んでいて、いつもより多くの星が見える。
「今日、東京に戻るときにメールだけでもしておこうかと思ったんだけど、突然会って驚かせようと思って……。結局、僕の方も驚くはめになっちゃったけど」
と、諒くんは笑って、私の顔を見た。
私も、笑顔を作ってみたけれど、多分その顔はぎこちない。
「……どうして、東京に?」
「ん、もうすぐ出る、Hinataの新曲のプロモーションでね、五日間、東京にいる。普段なら、十日間くらいかかることを五日間に詰め込んだから、あまりゆっくりはできないんだけど……」
そこで一旦言葉を切った諒くんは、まだ何か言いたげだけれど、次の言葉がなかなか見つからないようだった。
……何が言いたいんだろう。
やがて、言葉が見つかったのか、諒くんは口を開いた。
「みっちゃんは、今の仕事に満足してる?」
「え、私の?」
「うん」
そんなこと、急に聞かれても。
「……そうね、長年やってきた仕事だし。大変なこともたくさんあるけど、楽しいわよ」
「今のポジションとか、キャラにも納得してる?」
妙に引っかかる言い方に聞こえる。
「…………どういう意味?」
「んー、だから、芸人としては、モテなくて、恋愛経験もなくてってキャラでしょう? そういうの……、ほら、みっちゃんもう37だし、そろそろ……」
「ふざけないでよ!!」
普段の私なら、きっと笑って流してたと思う。
諒くんが、私をからかって楽しんでるだけなんだって。
だけど、今日の私にはそれができなかった。
さっきの居酒屋での、あのコと諒くんの顔が、私の頭の中を何度もよぎる。
「それが私の仕事なのよ。そんなこと、最初から分かってるじゃない!!」
「あ……ちがっ……、最後まで僕の話を……」
「そんなに汚れたオバサン芸人が嫌なら、さっさと若くてキレイなコと付き合えばいいでしょ!!」
「そういう……ことじゃなくて!!」
諒くんは、興奮した私を制止するかのように、私の両腕を掴んだ。
『そういうことじゃなくて』?
じゃぁ、いったいどういうことなのよ?
私、諒くんからの言葉を待った。
……だけど、諒くんは私の両腕を掴んだまま、黙ってしまった。
うつむいているから、表情もわからない。
やがて、私の両腕を掴んでいた諒くんの両手から力が抜けて、諒くんはゆっくりと両手を下ろした。
その手は、かすかだけど、震えている。
諒くんは、深くため息をついて、ようやく口を開いた。
「…………ごめん、明日も朝早いから……帰る」
私の顔を見ないまま、諒くんは私に背を向けて、自分が住むマンションの方へと歩いていってしまった。
「…………なんで?」
自分の部屋に帰って玄関のドアを閉めると、涙があふれてきた。
なんで、こんなことになっちゃうの?
たぶん、諒くんはいつものように私をからかってただけだったんだと思う。
だけど、私があんな態度をとってしまったから、諒くんも不機嫌になってしまったんだ。
それは、分かってるんだけど……。
私、諒くんのことが分からなくなってる。
私のことを、『僕の彼女』だと言ったのに。
『年齢なんて重要な要素じゃない』って言ったのに。
どこまで信じていいのか分からない。
少しでも気分が沈むのを阻止しようと、私はテレビをつけた。
音楽番組が、もうすぐ発売予定の新曲のPVを紹介している。
何曲目かに、Hinataの新曲のクリスマスソングが流れた。
10月の終わりごろに撮影して、次の日に諒くんが風邪を引いたときのPVだ。
PVの中で、穏やかな表情の諒くんが、雪の中で歌ってる。
『この雪のように真っ白な君が、いつも僕の心の中にいる』。
そんな歌詞だ。
ねぇ、諒くん。
諒くんの心の中には、いったい誰がいるの……?
彼女と一緒に店を出た僕は、しばらくそのことで頭がいっぱいだった。
2年前といい、今回といい、あの男の笑い方がどうにも気に入らない。
前回はこれといって被害もなかったから、まぁいいとして。
今回の標的は、僕というよりは、奈々子の方だ。
どこから嗅ぎ付けてきたんだ、あの男は。
奈々子は、僕の妹であることを公表するのはまだ早いと思っている。
奈々子がそう思っているなら、僕はそれに協力するより他ない。
いつまで、隠しておくつもりなんだろう。
奈々子がさっき、『この人呼ぶから』といって見せた携帯には、盟くんの名前と電話番号が表示されていた。 盟くんなら、事情も知っているから、大丈夫だろうと納得したけれど。
……よくよく考えてみれば、これは奈々子の問題だ。
それなら、僕があれこれ頭を悩ますのも無意味なこと。
そうだ。今の僕は、自分のことで手一杯なはずだ。
貴重な時間を無駄にした気分だ。
気づいたら、既に彼女の住むアパートの目の前まで来ていた。
僕は深呼吸をして、彼女の顔をまっすぐ見つめた。
****
「最近、仕事は忙しい?」
さっきまで難しい顔をして黙り込んでいた諒くんは、突然穏やかな表情で私に聞いた。
「え? あ……そうね、もうすぐ年末だし……」
居酒屋にいたときとは、まるで別人だ。
あまりの切り替わりの早さに、私はついていけずに、そう答えるのがやっとだった。
今、目の前にいる諒くんは、私の知っている普段の諒くんだけれど。
本当の諒くんは、いったいどっちなんだろう。
「そうだね。毎年この時期はお互い忙しい。今年は、僕が映画の仕事はいっちゃってるからね。よりによって、携帯も圏外の無人島」
諒くんはそう言って、天を仰いだ。
もうすぐ12月。少し前に諒くんと一緒に牛丼食べた日よりもいくらか空気が澄んでいて、いつもより多くの星が見える。
「今日、東京に戻るときにメールだけでもしておこうかと思ったんだけど、突然会って驚かせようと思って……。結局、僕の方も驚くはめになっちゃったけど」
と、諒くんは笑って、私の顔を見た。
私も、笑顔を作ってみたけれど、多分その顔はぎこちない。
「……どうして、東京に?」
「ん、もうすぐ出る、Hinataの新曲のプロモーションでね、五日間、東京にいる。普段なら、十日間くらいかかることを五日間に詰め込んだから、あまりゆっくりはできないんだけど……」
そこで一旦言葉を切った諒くんは、まだ何か言いたげだけれど、次の言葉がなかなか見つからないようだった。
……何が言いたいんだろう。
やがて、言葉が見つかったのか、諒くんは口を開いた。
「みっちゃんは、今の仕事に満足してる?」
「え、私の?」
「うん」
そんなこと、急に聞かれても。
「……そうね、長年やってきた仕事だし。大変なこともたくさんあるけど、楽しいわよ」
「今のポジションとか、キャラにも納得してる?」
妙に引っかかる言い方に聞こえる。
「…………どういう意味?」
「んー、だから、芸人としては、モテなくて、恋愛経験もなくてってキャラでしょう? そういうの……、ほら、みっちゃんもう37だし、そろそろ……」
「ふざけないでよ!!」
普段の私なら、きっと笑って流してたと思う。
諒くんが、私をからかって楽しんでるだけなんだって。
だけど、今日の私にはそれができなかった。
さっきの居酒屋での、あのコと諒くんの顔が、私の頭の中を何度もよぎる。
「それが私の仕事なのよ。そんなこと、最初から分かってるじゃない!!」
「あ……ちがっ……、最後まで僕の話を……」
「そんなに汚れたオバサン芸人が嫌なら、さっさと若くてキレイなコと付き合えばいいでしょ!!」
「そういう……ことじゃなくて!!」
諒くんは、興奮した私を制止するかのように、私の両腕を掴んだ。
『そういうことじゃなくて』?
じゃぁ、いったいどういうことなのよ?
私、諒くんからの言葉を待った。
……だけど、諒くんは私の両腕を掴んだまま、黙ってしまった。
うつむいているから、表情もわからない。
やがて、私の両腕を掴んでいた諒くんの両手から力が抜けて、諒くんはゆっくりと両手を下ろした。
その手は、かすかだけど、震えている。
諒くんは、深くため息をついて、ようやく口を開いた。
「…………ごめん、明日も朝早いから……帰る」
私の顔を見ないまま、諒くんは私に背を向けて、自分が住むマンションの方へと歩いていってしまった。
「…………なんで?」
自分の部屋に帰って玄関のドアを閉めると、涙があふれてきた。
なんで、こんなことになっちゃうの?
たぶん、諒くんはいつものように私をからかってただけだったんだと思う。
だけど、私があんな態度をとってしまったから、諒くんも不機嫌になってしまったんだ。
それは、分かってるんだけど……。
私、諒くんのことが分からなくなってる。
私のことを、『僕の彼女』だと言ったのに。
『年齢なんて重要な要素じゃない』って言ったのに。
どこまで信じていいのか分からない。
少しでも気分が沈むのを阻止しようと、私はテレビをつけた。
音楽番組が、もうすぐ発売予定の新曲のPVを紹介している。
何曲目かに、Hinataの新曲のクリスマスソングが流れた。
10月の終わりごろに撮影して、次の日に諒くんが風邪を引いたときのPVだ。
PVの中で、穏やかな表情の諒くんが、雪の中で歌ってる。
『この雪のように真っ白な君が、いつも僕の心の中にいる』。
そんな歌詞だ。
ねぇ、諒くん。
諒くんの心の中には、いったい誰がいるの……?