君の光に恋してる!~アイドルHinataの恋愛事情【1】~
13 君の光が見えない
彼女のあの反応に、僕は正直驚いた。
いつものように、口調や表情は不機嫌でも、本気で怒ることはないと思っていた。
だけど、さっきの彼女は、なぜかかなり興奮していて、本気で怒っているようだった。
理由はわからない。
多分、仕事が忙しくて疲れてるんだろう。
とにかく、僕の話を聞いてほしくて、彼女を落ち着かせようとしたんだけれど。
彼女の両腕を掴んだ瞬間、僕はある異変に気づいた。
彼女に触れればいつだって、遮断していたって見えていた、あの光が、見えなくなっていた。
慌てて遮断していた力を調節してみたけれど、どれだけ力を大きくしてみても、最大にしてみてやっと、かすかに光が見えるだけだった。
どうして、このタイミングで…………。
僕は、上着のポケットに忍ばせていたひとつのケースを取り出した。
ケースを開けると、小さなダイヤのついた、白金の指輪が入っている。
この一ヶ月、仕事で東京へ戻った時のわずかな時間を使って、知り合いのデザイナーに頼み込んで、彼女のイメージを伝えて、作ってもらったものだ。
僕は、ため息をついて、指輪のケースをカバンに突っ込んだ。
どうして、こうもうまくいかないんだろう。
翌日。
今日は、一日オフをとってあるけれど、昨日の今日では、もしうまく彼女に会えたとしても、どう話を切り出していいか、自信がない。
かといって、家の中で一日中ゴロゴロとゲームやなんかしながら過ごす気分にもなれない。
僕はとりあえず、外に出掛けることにした。
マンションのロビーを抜けると、駐車場がある。
ふと、自分の車が目に入った。
そういえば、最近あまり乗ってないな……。
彼女と会う機会を増やしたくて、最近は電車で仕事に出掛けることが多かった。
でも、できれば今は彼女に会わずにいたほうがいい。
そう考えて車に近づいていくと、一人の女性とすれ違った。
「……奈々子!?」
「あれぇ、諒クン。オハヨー!!」
奈々子は、なぜだかやたらとご機嫌なようだった。
「奈々子、昨日のあの、おまえと一緒にいた男やけどな、あれ、気をつけろ」
「ん、なんで?」
「あいつ、カメラマンや。前に、週刊誌にでっちあげの記事載せられたことあって……」
「あぁ、あのときの」
「おまえ、絶対マークされてるから」
「あ、だから、昨日様子がおかしかったんだ」
「様子って……誰の?」
「諒クンの。ずぅーーっと、黙ってたし、こんな顔してたよ」
そう言って、奈々子は指で自分の眉間にしわを寄せるしぐさをした。
「……そんなに?」
うんうん、と、奈々子はうなずいた。
「ところでさぁ、諒クン、今日はこれから仕事?」
「いや、今日はオフとってあるから」
「そうなの? 昨日、『明日、朝早いんでー』って言ってたじゃん」
「あれは、ただの口実。はよ帰りたかったし」
「あ、じゃぁ、デートだ。昨日、言ったんでしょ、道坂サンに」
「な、何を?」
「プロポーズ」
「なっ…………なんで、そんなこと……」
「昨日、誕生日だったじゃん、諒クンの。そういうときに言いそうだよね。相手の誕生日とかじゃなくて」
完全に読まれている。
「で、どうだったの?」
「……………………不発」
「え? 玉砕じゃなくて?」
「うん」
「言わなかったの?」
「…………というか、言える状況じゃなくなったから」
「ケンカでも……したの?」
「ケンカ……。うん……。ケンカとは言え……なくもないか……。最近仕事が忙しくて、疲れてるんとちがうかな」
奈々子は「ふぅん」と言ったあと顎に手を当てて、何かを考えるように、目をくるくると動かした。
「じゃぁさ、今日はヒマなんだ?」
「ん……まぁ、とくに予定はないけれど」
「これから、実家行かない? あたしも、今日はオフなんだよ」
「――――はぁ? 実家?」
「うんうん。最近、あまり帰ってないでしょ?」
「おまえね、簡単に言うけど、実家って大阪やで? しかも、ただでさえ、おまえマークされてるってのに、実家なんて危険――」
「年末年始には帰れないんだし」
「年明けて、落ち着いてからでもええんちゃう?」
「あたし、年明けから全国ツアーなんだよね」
「別に二人そろって行かんでも……」
「れっつ、ごー!!」
「……………………」
完全に、奈々子のペースだ。
実家……か。
まったく用事がないわけでもないな。
「高速代とガソリン代、いくらか払えよ」
そう言って、僕はポケットから車の鍵を取り出した。
車が高速に乗ってしまうと、奈々子は助手席でいきなり化粧を直し始めた。
いや、『直した』なんてもんじゃない。
クレンジングシートですべての化粧を落とし、慣れた手つきで一から顔を作る作業にはいった。
「……おまえね、そういうことは家でやってこいよ」
「だって、家に帰る前だったし」
「は? ……って、おまえ、よく見たら昨日と同じ服やないか?」
「そだよ」
「『そだよ』って……。昨日、盟くんに迎えに来てもらったんじゃ……」
「うん。あの後、すぐに来てもらったよ」
「えっ……まさか、朝まで盟くんと…………?」
「一緒にいたよ」
「い、一緒にって…………どこで、何を……?」
「盟にぃがね、お茶してこって。24時間のファミレスで」
「あぁ、なんだ……」
「え、何? もしかして、変な想像しちゃったとか?」
『変な想像』じゃなくて、『心配』と言ってほしい。
一応、こんなでも、兄として妹は可愛いものだ。
「この間、偶然会ったんやて?」
「うん、合コンで」
「……はぁ? 合コン?」
「SHIOの友達に誘われてね。もう、30人くらい集まってて、すんごい盛り上がってたよ」
盟くんは、『友人の結婚パーティーの2次会』と言っていたと思うんだけど、奈々子は趣旨を理解していなかったらしい。
その後、大阪に着くまでの間、奈々子はずっと盟くんの話をしていて。
その横顔は、初めて恋をした小学生の女のコのようだった。
いつものように、口調や表情は不機嫌でも、本気で怒ることはないと思っていた。
だけど、さっきの彼女は、なぜかかなり興奮していて、本気で怒っているようだった。
理由はわからない。
多分、仕事が忙しくて疲れてるんだろう。
とにかく、僕の話を聞いてほしくて、彼女を落ち着かせようとしたんだけれど。
彼女の両腕を掴んだ瞬間、僕はある異変に気づいた。
彼女に触れればいつだって、遮断していたって見えていた、あの光が、見えなくなっていた。
慌てて遮断していた力を調節してみたけれど、どれだけ力を大きくしてみても、最大にしてみてやっと、かすかに光が見えるだけだった。
どうして、このタイミングで…………。
僕は、上着のポケットに忍ばせていたひとつのケースを取り出した。
ケースを開けると、小さなダイヤのついた、白金の指輪が入っている。
この一ヶ月、仕事で東京へ戻った時のわずかな時間を使って、知り合いのデザイナーに頼み込んで、彼女のイメージを伝えて、作ってもらったものだ。
僕は、ため息をついて、指輪のケースをカバンに突っ込んだ。
どうして、こうもうまくいかないんだろう。
翌日。
今日は、一日オフをとってあるけれど、昨日の今日では、もしうまく彼女に会えたとしても、どう話を切り出していいか、自信がない。
かといって、家の中で一日中ゴロゴロとゲームやなんかしながら過ごす気分にもなれない。
僕はとりあえず、外に出掛けることにした。
マンションのロビーを抜けると、駐車場がある。
ふと、自分の車が目に入った。
そういえば、最近あまり乗ってないな……。
彼女と会う機会を増やしたくて、最近は電車で仕事に出掛けることが多かった。
でも、できれば今は彼女に会わずにいたほうがいい。
そう考えて車に近づいていくと、一人の女性とすれ違った。
「……奈々子!?」
「あれぇ、諒クン。オハヨー!!」
奈々子は、なぜだかやたらとご機嫌なようだった。
「奈々子、昨日のあの、おまえと一緒にいた男やけどな、あれ、気をつけろ」
「ん、なんで?」
「あいつ、カメラマンや。前に、週刊誌にでっちあげの記事載せられたことあって……」
「あぁ、あのときの」
「おまえ、絶対マークされてるから」
「あ、だから、昨日様子がおかしかったんだ」
「様子って……誰の?」
「諒クンの。ずぅーーっと、黙ってたし、こんな顔してたよ」
そう言って、奈々子は指で自分の眉間にしわを寄せるしぐさをした。
「……そんなに?」
うんうん、と、奈々子はうなずいた。
「ところでさぁ、諒クン、今日はこれから仕事?」
「いや、今日はオフとってあるから」
「そうなの? 昨日、『明日、朝早いんでー』って言ってたじゃん」
「あれは、ただの口実。はよ帰りたかったし」
「あ、じゃぁ、デートだ。昨日、言ったんでしょ、道坂サンに」
「な、何を?」
「プロポーズ」
「なっ…………なんで、そんなこと……」
「昨日、誕生日だったじゃん、諒クンの。そういうときに言いそうだよね。相手の誕生日とかじゃなくて」
完全に読まれている。
「で、どうだったの?」
「……………………不発」
「え? 玉砕じゃなくて?」
「うん」
「言わなかったの?」
「…………というか、言える状況じゃなくなったから」
「ケンカでも……したの?」
「ケンカ……。うん……。ケンカとは言え……なくもないか……。最近仕事が忙しくて、疲れてるんとちがうかな」
奈々子は「ふぅん」と言ったあと顎に手を当てて、何かを考えるように、目をくるくると動かした。
「じゃぁさ、今日はヒマなんだ?」
「ん……まぁ、とくに予定はないけれど」
「これから、実家行かない? あたしも、今日はオフなんだよ」
「――――はぁ? 実家?」
「うんうん。最近、あまり帰ってないでしょ?」
「おまえね、簡単に言うけど、実家って大阪やで? しかも、ただでさえ、おまえマークされてるってのに、実家なんて危険――」
「年末年始には帰れないんだし」
「年明けて、落ち着いてからでもええんちゃう?」
「あたし、年明けから全国ツアーなんだよね」
「別に二人そろって行かんでも……」
「れっつ、ごー!!」
「……………………」
完全に、奈々子のペースだ。
実家……か。
まったく用事がないわけでもないな。
「高速代とガソリン代、いくらか払えよ」
そう言って、僕はポケットから車の鍵を取り出した。
車が高速に乗ってしまうと、奈々子は助手席でいきなり化粧を直し始めた。
いや、『直した』なんてもんじゃない。
クレンジングシートですべての化粧を落とし、慣れた手つきで一から顔を作る作業にはいった。
「……おまえね、そういうことは家でやってこいよ」
「だって、家に帰る前だったし」
「は? ……って、おまえ、よく見たら昨日と同じ服やないか?」
「そだよ」
「『そだよ』って……。昨日、盟くんに迎えに来てもらったんじゃ……」
「うん。あの後、すぐに来てもらったよ」
「えっ……まさか、朝まで盟くんと…………?」
「一緒にいたよ」
「い、一緒にって…………どこで、何を……?」
「盟にぃがね、お茶してこって。24時間のファミレスで」
「あぁ、なんだ……」
「え、何? もしかして、変な想像しちゃったとか?」
『変な想像』じゃなくて、『心配』と言ってほしい。
一応、こんなでも、兄として妹は可愛いものだ。
「この間、偶然会ったんやて?」
「うん、合コンで」
「……はぁ? 合コン?」
「SHIOの友達に誘われてね。もう、30人くらい集まってて、すんごい盛り上がってたよ」
盟くんは、『友人の結婚パーティーの2次会』と言っていたと思うんだけど、奈々子は趣旨を理解していなかったらしい。
その後、大阪に着くまでの間、奈々子はずっと盟くんの話をしていて。
その横顔は、初めて恋をした小学生の女のコのようだった。