君の光に恋してる!~アイドルHinataの恋愛事情【1】~
14 男女が二人で実家に行く理由
「……おまえら、二人して帰ってきて、大丈夫か?」
僕たちが実家に到着したときの、母の第一声がこれだった。
母は昔、俗に言う『ヤンキー』で、中学のころは番長だったらしい。
僕の実家は、母が生まれ育った町にあり、僕もHinataとしてデビューする少し前までは、母の母校である中学に通っていて。
『母が昔、伝説の番長だった』ということで、息子である僕が、入学早々、副番長を務めるはめになった(本当は、番長にされるところだったが、断固として断った)。
そういう人達って、授業には参加しないことが多いから、おかげで平日の昼間にこっそり今の事務所の大阪支部でちょいちょいレッスンを受けていても、周りに怪しまれることなく済んでいたけれど。
そんなわけで、僕の母は、昔の名残か、今でも少し(……いや、かなり)口が悪い。
そして、大阪生まれの大阪育ちであるにもかかわらず、なぜか関西弁をしゃべらない。
僕が子供のころは、母も関西弁しゃべっていたような記憶があるのだが。
「奈々子が、どうしても帰るって聞かへんから」
「昨日、諒クンの誕生日だったし、何かぱぁーっとお祝いしようよ」
「おまえは、いきなり帰ってきておいて何を言ってる? 何もあるわけないだろ」
「じゃぁさー、何か食べに行こうよ」
「おまえら二人は目立つから、却下」
奈々子が『実家に行こう』と提案した理由は、それか?
「夕方には、帰るんだろ?」
「もちろん。明日も仕事やし」
「じゃぁ、簡単なものならワタシが何か作ってやる。何がいい?」
僕と奈々子は、顔を見合わせて、同時に言った。
「お好み焼き!!」
十数年振りに食べる、母の作ったお好み焼きは、絶品だった。
最近、東京にもおいしいお好み焼きのお店はたくさんあるけれど、やっぱり自分の母親の味にはかなわないと思う。
おかげで、息子と娘が帰省したからといって会社を早退してきた父が帰宅したときには、すでに僕と奈々子によってお好み焼きは平らげられた後だった。
そして今、奈々子と父が居間で談笑している。
僕と母は、台所で後片付けだ。
「母さん、あの……さ」
「ん?」
「今でも、見える? 父さんの……」
昔、母が言っていた、『純白の光』のことだ。
父には秘密にしているらしく、僕は言葉を慎重に選びながら会話をする必要がある。
「あぁ、『あれ』か」
母は、食器とスポンジを持つ手を休めることなく、居間にいる父の方に視線をやった。
「もちろん、見えるぞ。昔となんら変わりない」
この話になると、母の表情はいつも穏やかになる。
「……出会って、もう30年以上にもなるな」
「30年以上、一度も変化はなかったん?」
「変化?」
「例えば……その、消えかかってたり……とか」
僕は、彼女から見える光の異変が気にかかっていた。
母なら、なにか分かるかもしれないと、奈々子の実家行きの提案に応じたわけだ。
母は、僕の言葉を聞いて、皿を洗う手を止めた。
そして、僕の顔を見て、しばらくして言った。
「……ほっほぉ。なるほどね」
母は、なにやらニヤニヤとした顔つきになった。
「……何?」
「いや、道理で冴えない顔してると思った。おまえも、まだまだ子供と思っていたが、もうそんな年頃か」
「……話が見えへんのやけど」
母は、皿についている泡を水で流しながら言った。
「いるんだろ? 大切な人が」
今度は、布巾で食器を拭いている僕の手が止まった。
「えっ…………なんで?」
母は、僕の問いには答えず、しばらく黙っていた。
そして、すべての食器を洗い終えて、真面目な顔つきで言った。
「おまえが見ているものは、『それ』だけか?」
『それ』とは、あの光のことだ。
「どういう意味……」
「ワタシが言えるのは、ここまでだ。後は自分で考えろ。おまえの問題だからな」
そう言って母は、父と奈々子のいる居間へ行ってしまった。
****
私が諒くんに怒鳴りつけてしまった日から、一週間が経った。
諒くんは『五日間東京にいる』と言っていたから、今ごろもう無人島で映画の撮影に戻ってるはずだ。
結局、あれ以来、一度も会ってないし、電話やメールすらない。
この一週間、幸い仕事が忙しいから、余計なことをあれこれ考える時間も少なくて済んだ。
まるで何事もなかったかのように、日常に戻りつつあった。
だけど……私は、見つけてしまった。
とあるテレビ局の控え室で、仕事仲間が持っていたスポーツ新聞。
その、トップ記事にでかでかと、一組の『美男美女』の写真。
それから、『Hinata高橋諒とAndanteなーこ、熱愛発覚!』の文字。
記事によると。
『高橋諒となーこが、仲よさそうに、大阪にある高橋諒の実家に入っていった』とある。
日付は、私が諒くんに怒鳴りつけた、あの日の翌日だ。
写真の中の男女は、確かにとても仲良さげだった。
男性は確かに、諒くんだ。
いつもどおり、変装もなにもしていない。
女性の方も、確かになーこで。
こちらは、普段テレビやなんかで見るよりは、いくぶんメイクがナチュラルなように感じるけれど、やっぱり、なーこであることははっきりと分かる。
あの日の別れ際、諒くんはなんて言ってた?
確か、『明日朝早い』って……。
仕事じゃなくて、大阪に行くためだったんだ。
なーこと大阪の実家に行くために。
実家に、ってことは、両親に紹介するってこと。
やっぱり、本命はあのコだったんだ…………。
もう、涙も出ない。
逆に、おかしくって、笑っちゃう。
9つも年下のスーパーアイドルのお遊びに3年間も浮かれてた、モテないお笑い芸人が、あまりに滑稽で。
もう、ほんと、笑うしかない。
僕たちが実家に到着したときの、母の第一声がこれだった。
母は昔、俗に言う『ヤンキー』で、中学のころは番長だったらしい。
僕の実家は、母が生まれ育った町にあり、僕もHinataとしてデビューする少し前までは、母の母校である中学に通っていて。
『母が昔、伝説の番長だった』ということで、息子である僕が、入学早々、副番長を務めるはめになった(本当は、番長にされるところだったが、断固として断った)。
そういう人達って、授業には参加しないことが多いから、おかげで平日の昼間にこっそり今の事務所の大阪支部でちょいちょいレッスンを受けていても、周りに怪しまれることなく済んでいたけれど。
そんなわけで、僕の母は、昔の名残か、今でも少し(……いや、かなり)口が悪い。
そして、大阪生まれの大阪育ちであるにもかかわらず、なぜか関西弁をしゃべらない。
僕が子供のころは、母も関西弁しゃべっていたような記憶があるのだが。
「奈々子が、どうしても帰るって聞かへんから」
「昨日、諒クンの誕生日だったし、何かぱぁーっとお祝いしようよ」
「おまえは、いきなり帰ってきておいて何を言ってる? 何もあるわけないだろ」
「じゃぁさー、何か食べに行こうよ」
「おまえら二人は目立つから、却下」
奈々子が『実家に行こう』と提案した理由は、それか?
「夕方には、帰るんだろ?」
「もちろん。明日も仕事やし」
「じゃぁ、簡単なものならワタシが何か作ってやる。何がいい?」
僕と奈々子は、顔を見合わせて、同時に言った。
「お好み焼き!!」
十数年振りに食べる、母の作ったお好み焼きは、絶品だった。
最近、東京にもおいしいお好み焼きのお店はたくさんあるけれど、やっぱり自分の母親の味にはかなわないと思う。
おかげで、息子と娘が帰省したからといって会社を早退してきた父が帰宅したときには、すでに僕と奈々子によってお好み焼きは平らげられた後だった。
そして今、奈々子と父が居間で談笑している。
僕と母は、台所で後片付けだ。
「母さん、あの……さ」
「ん?」
「今でも、見える? 父さんの……」
昔、母が言っていた、『純白の光』のことだ。
父には秘密にしているらしく、僕は言葉を慎重に選びながら会話をする必要がある。
「あぁ、『あれ』か」
母は、食器とスポンジを持つ手を休めることなく、居間にいる父の方に視線をやった。
「もちろん、見えるぞ。昔となんら変わりない」
この話になると、母の表情はいつも穏やかになる。
「……出会って、もう30年以上にもなるな」
「30年以上、一度も変化はなかったん?」
「変化?」
「例えば……その、消えかかってたり……とか」
僕は、彼女から見える光の異変が気にかかっていた。
母なら、なにか分かるかもしれないと、奈々子の実家行きの提案に応じたわけだ。
母は、僕の言葉を聞いて、皿を洗う手を止めた。
そして、僕の顔を見て、しばらくして言った。
「……ほっほぉ。なるほどね」
母は、なにやらニヤニヤとした顔つきになった。
「……何?」
「いや、道理で冴えない顔してると思った。おまえも、まだまだ子供と思っていたが、もうそんな年頃か」
「……話が見えへんのやけど」
母は、皿についている泡を水で流しながら言った。
「いるんだろ? 大切な人が」
今度は、布巾で食器を拭いている僕の手が止まった。
「えっ…………なんで?」
母は、僕の問いには答えず、しばらく黙っていた。
そして、すべての食器を洗い終えて、真面目な顔つきで言った。
「おまえが見ているものは、『それ』だけか?」
『それ』とは、あの光のことだ。
「どういう意味……」
「ワタシが言えるのは、ここまでだ。後は自分で考えろ。おまえの問題だからな」
そう言って母は、父と奈々子のいる居間へ行ってしまった。
****
私が諒くんに怒鳴りつけてしまった日から、一週間が経った。
諒くんは『五日間東京にいる』と言っていたから、今ごろもう無人島で映画の撮影に戻ってるはずだ。
結局、あれ以来、一度も会ってないし、電話やメールすらない。
この一週間、幸い仕事が忙しいから、余計なことをあれこれ考える時間も少なくて済んだ。
まるで何事もなかったかのように、日常に戻りつつあった。
だけど……私は、見つけてしまった。
とあるテレビ局の控え室で、仕事仲間が持っていたスポーツ新聞。
その、トップ記事にでかでかと、一組の『美男美女』の写真。
それから、『Hinata高橋諒とAndanteなーこ、熱愛発覚!』の文字。
記事によると。
『高橋諒となーこが、仲よさそうに、大阪にある高橋諒の実家に入っていった』とある。
日付は、私が諒くんに怒鳴りつけた、あの日の翌日だ。
写真の中の男女は、確かにとても仲良さげだった。
男性は確かに、諒くんだ。
いつもどおり、変装もなにもしていない。
女性の方も、確かになーこで。
こちらは、普段テレビやなんかで見るよりは、いくぶんメイクがナチュラルなように感じるけれど、やっぱり、なーこであることははっきりと分かる。
あの日の別れ際、諒くんはなんて言ってた?
確か、『明日朝早い』って……。
仕事じゃなくて、大阪に行くためだったんだ。
なーこと大阪の実家に行くために。
実家に、ってことは、両親に紹介するってこと。
やっぱり、本命はあのコだったんだ…………。
もう、涙も出ない。
逆に、おかしくって、笑っちゃう。
9つも年下のスーパーアイドルのお遊びに3年間も浮かれてた、モテないお笑い芸人が、あまりに滑稽で。
もう、ほんと、笑うしかない。