君の光に恋してる!~アイドルHinataの恋愛事情【1】~
16 完全無視のクリスマスイブ
無人島での映画の撮影が終了したのは、クリスマスイブの朝だった。
あとは、東京のスタジオでの撮影が少し残っているだけだ。
無人島近くの、有人の島の宿泊施設に寝泊りすることもあったけれど、そこにはなぜかテレビもなければ新聞もない、という今どきとても退屈な場所で。
退屈なのは、他の出演者やスタッフのみんなといれば紛れるからどうってことないけれど。
入ってくる情報が何一つなかったので、今、世の中で何が起きているのか、さっぱり分からない。
軽く、浦島太郎気分だ。
今日は、生放送で行われる、クリスマスイブの特番。
僕は今、その番組の控え室にいる。
「おぅ、高橋。映画の撮影は順調?」
「盟くん、久しぶり。映画の方は、あとスタジオ撮影が残ってるだけなんだ」
「じゃぁ、年越しライブは問題なくできるね。……あのさ、奈々子のことなんだけど」
「ん? 奈々子がどうかした?」
「……いや、なんであいつ、おまえの妹ってこと、未だに隠してんの?」
「なんでって……僕もそろそろ公表してもいいんじゃないかと思うんだけど、あいつが『まだ早い』って言ってるんだよ。あいつ、妙なところで律儀だから」
「へぇ……まぁ、おまえら兄妹は、昔っからよく分かんないところあるからな」
盟くんはさわやかに微笑んで、僕の肩をたたいた。
「おぉーい。今そこで、コンストの阿部さんにこんなもんもらったぞ」
直くんが一冊の週刊誌を手に控え室に入ってきた。
「あ、直くん、それ僕に貸してくれる?」
「お? 読むのか? 高橋にしては珍しいな」
直くんは、僕に週刊誌を手渡した。
「ずっと無人島にいたから、新しい情報がなにもなくってね、世の中でどんなことが起きてるのか、ちょっと見ておかないと。生放送でなにか突っ込まれても何も知らないんじゃ、かっこ悪いし――――」
そう言って週刊誌の表紙に視線を落とした僕は、ある記事のタイトルに驚愕して、固まってしまった。
『道坂靖子ついに春? 関西人気芸人と温泉デート』。
関西人気芸人?
温泉?
いったい、どういうことだ?
僕は、週刊誌を開いた。
そこには、一枚の写真が載っている。
旅館によく置いてあるような浴衣を着た男女が、顔を見合わせて笑ってる写真。
……間違いない。彼女だ。
男の方は、テレビか何かで見たことがあるような気がするけれど、詳しくは知らない。
どうして…………。
僕は、その写真の背景に見覚えがあった。
名前は伏せられているけれど、この旅館。
以前、番組のロケで行ったことがある場所だ。
隣のお土産屋の前にある、この王冠をかぶった、へんてこなパンダ。
盟くんがふざけて、その王冠を取り外して直くんにかぶせて、お店の人に怒られていたのをはっきり覚えている。
あんなパンダは、日本全国探しても、多分あの場所にしかない。
道の反対側に広がる、壮大な雪景色。
あの場所には、僕が彼女を連れていくと決めていた。
それなのに…………。
僕は、写真だけ見て週刊誌を閉じた。
記事も書かれていたけれど、そんなものを読む必要もない。
****
とうとう、クリスマスイブがやってきた。
諒くんと顔を合わせるのは、約一ヶ月ぶりってことになる。
福山くんはああ言ってたけれど、全面的に信じられるわけでもないし。
朝からずっと、胃が痛い。
福山くん、といえば。
私と福山くんが温泉デート? みたいな記事が、昨日発売された週刊誌に載っていた。
この間、私の愚痴を聞いてもらってるときの写真。
その写真だけみたら、『ほんと、付き合ってるのかも』みたいな感じだった。
記事を読むと、『ふたりで収録を抜け出して、談笑していた』と書いてあるから、『温泉デート』ではないことくらい、分かるんだけど。
福山くんが現場に戻った後も、何人かの芸人たちが抜け出してきて、雑談していたことも、ちゃんと書かれているし(結局、長いこと寒い思いをしたけれど、私は風邪を引かなかった)。
早い話、要するに、この記事は『正月特番の宣伝』なわけ。
でも、タイトルと写真だけで勘違いしちゃう人って、結構いると思う。
そういう私だって、昔、親しい芸人仲間が犯罪に巻き込まれたみたいな、タイトルだけ見て誤解しちゃった人間だけどね。
こういう週刊誌やスポーツ新聞に載ってる記事なんて、大半がでっちあげだったり、もしくは、ひとつの小さな事実にこてこての嘘と誇張を塗りたくったものだったりするから、簡単に信じちゃいけない。
あぁ、でも、あの記事は。
『高橋諒』と『なーこ』の記事は……。
福山くんは、『何かの間違いかもしれない』って言ってた。
だけど、どう考えても、『間違いかもしれない』と思えるだけの材料はない。
『本当だ』と思えるだけの材料なら、いくらでもあるのに……。
控え室でメイク(っていっても、ほとんどすっぴんなんだけど)を済ませた私は、何人かの女性タレントや芸人たちと一緒にスタジオに向かった。
その途中、前方からHinataの3人が、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。
もちろん、その中に諒くんもいる。
思わず立ち止まって見ていると、諒くんが私に気づいた。
こわばった表情で、諒くんも立ち止まってしまった。
きっと、ほんの一瞬のことだと思うけれど、ものすごく長い時間に思える。
『あの記事は何かの間違いだ』って言ってくれるかしら。
ううん、この際、あの記事のことはどうだっていい。
とにかく、『諒くんの真実』が知りたい。
やがて諒くんは、こちらに向かってゆっくりと歩き始めた。
そして、私の横を。
顔も見ないまま、無言で通りすぎた。
挨拶すら、ない。
完全無視。
…………そう。
『高橋諒』の中では、既に私の存在すら消されてるってことね。
そっちがそういう態度で出るなら、こっちだって。
この三年間、無かったことにしてやるんだから。
生放送の本番が始まった。
19時から22時までの3時間だ。
司会は、『コンスト』の阿部さんと、女性アナウンサー。
花本さんの方は、中継という形で、後ほど出演することになってる。
女性のタレントや芸人が20人近く、いつもよりかなりめかし込んだ格好で座っている。
主役は、男性アイドルグループの『Hinata』3人と、その先輩にあたるグループの『SEIKA』3人の二組。
あとは、番組の途中で、何人かの男性お笑い芸人が花本さんと共に中継で出演するらしい。
クリスマスイブということで、みんな浮かれ気分だ。
いや、忙しさの頂点に達して、壊れていると言ってもいいかもしれない。
ただ、一人だけ、『高橋諒』だけは、別の意味で心がここにないって感じだ。
そりゃ、そうよね。
あんなにどでかく熱愛報道された後だもの。
事務所の方から、その話題には触れないようにと制作サイドに話があっただろうけれど。
きょうは、生放送。
言っちゃったもん勝ちだ。
そういうことを平気で決行してしまう人たちが、山ほどいる。
『高橋諒』だって、平常心でいられるはずがない。
番組は、それなりに順調に進んでいった。
女性陣の紹介も兼ねて、それぞれの『クリスマス』にちなんだVTRを見て、それに対してみんなで好き勝手言い合うっていうのが、番組前半のメインだ。
7、8人目のVTRが流れて(私は12番目の予定だ)、その内容は、きょう出演しているある女性タレントの昔の彼氏の話で、どうやらその彼氏は関西の芸人だったらしい。
その話の流れで、予想はしていたけれど。
「そういえば、この中に、この間、関西の芸人と週刊誌に撮られてた人、いますね」
司会の阿部さんが言うと、モニターには私の顔が映し出された。
「えっ……私?」
「どうなんですか? あの記事」
「あれは……」
「もう、生放送でぶっちゃけちゃいましょうよ。みんな、気になりますって。……ねぇ、高橋くん?」
阿部さんは、なぜか『高橋諒』に同意を求めた。
番組が進むにつれて、いくらか平常心を取り戻したように見えた『高橋諒』は、自分に話が振られて、一瞬にして表情をこわばらせた。
そして、それまで胸の前で組んでいた腕の、片方だけ動かして、手を顎に当ててしばらく私を睨みつけた後。
とても低い声で、でもはっきりと、こう言った。
「……仕事が忙しいって言ってたのに、男と温泉行く時間はあるんだな」
……ちょっと待ってよ。
このコ、生放送で何言い出してるの――――?
あとは、東京のスタジオでの撮影が少し残っているだけだ。
無人島近くの、有人の島の宿泊施設に寝泊りすることもあったけれど、そこにはなぜかテレビもなければ新聞もない、という今どきとても退屈な場所で。
退屈なのは、他の出演者やスタッフのみんなといれば紛れるからどうってことないけれど。
入ってくる情報が何一つなかったので、今、世の中で何が起きているのか、さっぱり分からない。
軽く、浦島太郎気分だ。
今日は、生放送で行われる、クリスマスイブの特番。
僕は今、その番組の控え室にいる。
「おぅ、高橋。映画の撮影は順調?」
「盟くん、久しぶり。映画の方は、あとスタジオ撮影が残ってるだけなんだ」
「じゃぁ、年越しライブは問題なくできるね。……あのさ、奈々子のことなんだけど」
「ん? 奈々子がどうかした?」
「……いや、なんであいつ、おまえの妹ってこと、未だに隠してんの?」
「なんでって……僕もそろそろ公表してもいいんじゃないかと思うんだけど、あいつが『まだ早い』って言ってるんだよ。あいつ、妙なところで律儀だから」
「へぇ……まぁ、おまえら兄妹は、昔っからよく分かんないところあるからな」
盟くんはさわやかに微笑んで、僕の肩をたたいた。
「おぉーい。今そこで、コンストの阿部さんにこんなもんもらったぞ」
直くんが一冊の週刊誌を手に控え室に入ってきた。
「あ、直くん、それ僕に貸してくれる?」
「お? 読むのか? 高橋にしては珍しいな」
直くんは、僕に週刊誌を手渡した。
「ずっと無人島にいたから、新しい情報がなにもなくってね、世の中でどんなことが起きてるのか、ちょっと見ておかないと。生放送でなにか突っ込まれても何も知らないんじゃ、かっこ悪いし――――」
そう言って週刊誌の表紙に視線を落とした僕は、ある記事のタイトルに驚愕して、固まってしまった。
『道坂靖子ついに春? 関西人気芸人と温泉デート』。
関西人気芸人?
温泉?
いったい、どういうことだ?
僕は、週刊誌を開いた。
そこには、一枚の写真が載っている。
旅館によく置いてあるような浴衣を着た男女が、顔を見合わせて笑ってる写真。
……間違いない。彼女だ。
男の方は、テレビか何かで見たことがあるような気がするけれど、詳しくは知らない。
どうして…………。
僕は、その写真の背景に見覚えがあった。
名前は伏せられているけれど、この旅館。
以前、番組のロケで行ったことがある場所だ。
隣のお土産屋の前にある、この王冠をかぶった、へんてこなパンダ。
盟くんがふざけて、その王冠を取り外して直くんにかぶせて、お店の人に怒られていたのをはっきり覚えている。
あんなパンダは、日本全国探しても、多分あの場所にしかない。
道の反対側に広がる、壮大な雪景色。
あの場所には、僕が彼女を連れていくと決めていた。
それなのに…………。
僕は、写真だけ見て週刊誌を閉じた。
記事も書かれていたけれど、そんなものを読む必要もない。
****
とうとう、クリスマスイブがやってきた。
諒くんと顔を合わせるのは、約一ヶ月ぶりってことになる。
福山くんはああ言ってたけれど、全面的に信じられるわけでもないし。
朝からずっと、胃が痛い。
福山くん、といえば。
私と福山くんが温泉デート? みたいな記事が、昨日発売された週刊誌に載っていた。
この間、私の愚痴を聞いてもらってるときの写真。
その写真だけみたら、『ほんと、付き合ってるのかも』みたいな感じだった。
記事を読むと、『ふたりで収録を抜け出して、談笑していた』と書いてあるから、『温泉デート』ではないことくらい、分かるんだけど。
福山くんが現場に戻った後も、何人かの芸人たちが抜け出してきて、雑談していたことも、ちゃんと書かれているし(結局、長いこと寒い思いをしたけれど、私は風邪を引かなかった)。
早い話、要するに、この記事は『正月特番の宣伝』なわけ。
でも、タイトルと写真だけで勘違いしちゃう人って、結構いると思う。
そういう私だって、昔、親しい芸人仲間が犯罪に巻き込まれたみたいな、タイトルだけ見て誤解しちゃった人間だけどね。
こういう週刊誌やスポーツ新聞に載ってる記事なんて、大半がでっちあげだったり、もしくは、ひとつの小さな事実にこてこての嘘と誇張を塗りたくったものだったりするから、簡単に信じちゃいけない。
あぁ、でも、あの記事は。
『高橋諒』と『なーこ』の記事は……。
福山くんは、『何かの間違いかもしれない』って言ってた。
だけど、どう考えても、『間違いかもしれない』と思えるだけの材料はない。
『本当だ』と思えるだけの材料なら、いくらでもあるのに……。
控え室でメイク(っていっても、ほとんどすっぴんなんだけど)を済ませた私は、何人かの女性タレントや芸人たちと一緒にスタジオに向かった。
その途中、前方からHinataの3人が、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。
もちろん、その中に諒くんもいる。
思わず立ち止まって見ていると、諒くんが私に気づいた。
こわばった表情で、諒くんも立ち止まってしまった。
きっと、ほんの一瞬のことだと思うけれど、ものすごく長い時間に思える。
『あの記事は何かの間違いだ』って言ってくれるかしら。
ううん、この際、あの記事のことはどうだっていい。
とにかく、『諒くんの真実』が知りたい。
やがて諒くんは、こちらに向かってゆっくりと歩き始めた。
そして、私の横を。
顔も見ないまま、無言で通りすぎた。
挨拶すら、ない。
完全無視。
…………そう。
『高橋諒』の中では、既に私の存在すら消されてるってことね。
そっちがそういう態度で出るなら、こっちだって。
この三年間、無かったことにしてやるんだから。
生放送の本番が始まった。
19時から22時までの3時間だ。
司会は、『コンスト』の阿部さんと、女性アナウンサー。
花本さんの方は、中継という形で、後ほど出演することになってる。
女性のタレントや芸人が20人近く、いつもよりかなりめかし込んだ格好で座っている。
主役は、男性アイドルグループの『Hinata』3人と、その先輩にあたるグループの『SEIKA』3人の二組。
あとは、番組の途中で、何人かの男性お笑い芸人が花本さんと共に中継で出演するらしい。
クリスマスイブということで、みんな浮かれ気分だ。
いや、忙しさの頂点に達して、壊れていると言ってもいいかもしれない。
ただ、一人だけ、『高橋諒』だけは、別の意味で心がここにないって感じだ。
そりゃ、そうよね。
あんなにどでかく熱愛報道された後だもの。
事務所の方から、その話題には触れないようにと制作サイドに話があっただろうけれど。
きょうは、生放送。
言っちゃったもん勝ちだ。
そういうことを平気で決行してしまう人たちが、山ほどいる。
『高橋諒』だって、平常心でいられるはずがない。
番組は、それなりに順調に進んでいった。
女性陣の紹介も兼ねて、それぞれの『クリスマス』にちなんだVTRを見て、それに対してみんなで好き勝手言い合うっていうのが、番組前半のメインだ。
7、8人目のVTRが流れて(私は12番目の予定だ)、その内容は、きょう出演しているある女性タレントの昔の彼氏の話で、どうやらその彼氏は関西の芸人だったらしい。
その話の流れで、予想はしていたけれど。
「そういえば、この中に、この間、関西の芸人と週刊誌に撮られてた人、いますね」
司会の阿部さんが言うと、モニターには私の顔が映し出された。
「えっ……私?」
「どうなんですか? あの記事」
「あれは……」
「もう、生放送でぶっちゃけちゃいましょうよ。みんな、気になりますって。……ねぇ、高橋くん?」
阿部さんは、なぜか『高橋諒』に同意を求めた。
番組が進むにつれて、いくらか平常心を取り戻したように見えた『高橋諒』は、自分に話が振られて、一瞬にして表情をこわばらせた。
そして、それまで胸の前で組んでいた腕の、片方だけ動かして、手を顎に当ててしばらく私を睨みつけた後。
とても低い声で、でもはっきりと、こう言った。
「……仕事が忙しいって言ってたのに、男と温泉行く時間はあるんだな」
……ちょっと待ってよ。
このコ、生放送で何言い出してるの――――?