君の光に恋してる!~アイドルHinataの恋愛事情【1】~
17 MajiでKeriするカメラ前
「……仕事が忙しいって言ってたのに、男と温泉行く時間はあるんだな」
クリスマスイブの生放送で、盛り上がってたスタジオが、一気に静まり返る。
自分でも、嫌な言い方だと思った。
生放送でこんなこと言い出したら、番組ぶち壊しってことも分かってる。
「僕が東京にいない間、何をしてるのかと思ってたら、他の男と遊んでたんだ?」
ガタンッ……!
イスを派手に倒しながら、彼女は立ち上がった。
「違う……! あれは――――」
「すごく仲よさそうだよね、あの写真。驚いたよ。僕以外の男にも、あんなふうに笑えるんだ。……それとも、もうあの男にしか見せられない?」
僕はそう言いながら、ゆっくりと彼女に近づくように、スタジオの中央まで歩み出た。
「何言って……」
「わからない? じゃぁ、言い方を変えようか。男と温泉に行くってことは、『そういうこと』なんだろ?僕の話もちゃんと聞きもしないで、勝手に勘違いして。芸人同士なら、仕事のことあれこれ言われることもねぇよな。後輩芸人つかまえて、あてつけで温泉なんか行って、挙句の果てにはあの男と寝たんだ。――――違うっ!?」
最後は吐き捨てるように叫んだ僕は、ずっと彼女を見据えたままだ。
あの写真を見たときから続いていた、このもやもやとした感覚。
その感覚は、さっき彼女と廊下ですれ違ったときからじわじわと増幅して。
今まさに、極限にまで達してしまった。
――――嫉妬だ。
僕は、嫉妬してるんだ。
スタジオの中は、静寂に包まれている。
誰一人として、口を開こうとしない。
僕を制止しようとする者もいない。
僕が一方的に怒りをぶちまけているのを、ただ呆然と見ているだけ。
しばらくの間、何かに堪えるように黙っていた彼女は、やがてゆっくりと口を開き、静寂を破った。
「…………だとしたら、何なのよ」
彼女は、ひな壇から降り、僕の方へ歩きながら、言葉を続けた。
「もし、そうだとしても、あなたには関係ない話でしょ? あなたには本命のキレイで若い彼女がいるじゃない!」
「はぁ? 何のこと……」
「とぼけないでよ! あんなにデカデカと熱愛報道されてたじゃないの!!」
「2年も前の話だろ? あれはでっちあげだって説明したし、キミだって笑ってたじゃないか。何を今さら……」
「そうじゃないわよ!! あのコ、『諒クンはあたしのもの』って言ってたのよ!?」
「誰のことか知らないけど、そんなヤツ相手にしなければいいだろ!?」
「『誰のことか知らない』ですって!?」
既に目の前にいた彼女は、僕をキッと睨みつけた。
「じゃぁ、どうしてあのコがあなたの部屋から出てくるのよ!? どうしてあのコの前では態度が違うの!? 私のことなんて、ただからかって楽しんでただけのくせにっ!! 諒くんなんて、さっさと認めてあのコのところに行けばいい――――」
――――パシンッ……!!
小気味いい音が、スタジオ全体に響く。
気づいたら僕の右手が、彼女の頬を叩いていた。
彼女は、ずれた眼鏡の位置を直した。
そして、ゆっくりと一歩下がって僕との間合いをとったかと思うと…………。
――――ドゴッッッ!!
「………いっっってぇ!!」
僕の太ももに、蹴り!?
驚いて彼女の顔を見た。
ぎりぎりのところで、涙が出るのを堪えている。
彼女は顔をそむけると、走ってスタジオを出ていった。
スタジオ中の全ての人が、走り去る彼女を視線で追った。
誰もが、目の前で今何が起きたのか、理解できないでいるようだ。
このなんとも異様な空気を壊したのは、女性陣のボス的存在である大御所タレントだった。
「まさか、あんたら……付き合ってたん?」
はっと我に返ると、出演者やスタッフ全員の視線が、僕に注目している。
もはや、否定できる状況でもないし、否定する気もない。
「あ……えっと…………はい」
スタジオにどよめきが起こる。
みんなが何か一斉にしゃべりはじめたため、誰が何を言っているのか分からないが、なにやら混乱しているようだ。
「はいはい、じゃぁ、ちょっと一旦整理しましょ」
阿部さんがひときわ大きな声で呼びかけた。
さすが、仕切り屋。
その一声で、みんなのざわつきが収まった。
「まず、高橋クンと、道坂サンが付き合うてるんは、間違いないですね?」
「……はい」
「期間はどのくらい?」
「……3年」
阿部さんの質問に僕が答えるごとに、女性陣が身を乗り出して「えええぇ!?」と叫ぶ。
「高橋クンが怒ってるのは、ボクがさっき話題を振った、これのことでしょ?」
といって、阿部さんが取り出したのは、例の週刊誌の写真を引き伸ばしたパネルだった。
「高橋クンね、勘違いしてるでしょ。写真しか見てないんと違う? ちゃんと記事に書いてあるんやけどね、これ、仕事のロケ先ですわ」
「えっ……仕事?」
「確かに、仲良さそうに見えるけれどもね。ロケの内容がほんとどーしようもないもんで、抜け出して雑談してただけですって。ボク、道坂サンとは仕事で付き合い長いからわかりますけど、こういう内容の仕事って、彼女ちょっと苦手なんですよね。上手く抜け出して、若手連中と愚痴りあってるなんてこと、しょっちゅうですわ」
そう言って阿部さんは、写真のパネルを置いた。
「だからね、道坂サンは、無実。潔白ですわ。なんにも悪いことなんかしてへんよ。でも、高橋クンは、どうなん?」
次に阿部さんが取り出したのは、一枚の新聞紙だった。
「えっ……なんすか、それ」
「ちょっと前に出てた、高橋クンの記事」
「僕の?」
新聞紙を受け取った僕は、広げてそのトップ記事を見ると、目を疑った。
「は? 僕……と、奈々子が……はぁぁっ? 熱愛!?」
おいおいおいおいおいっ。
ちょっっっっっと待てっ。
あのカメラマン……僕と奈々子が、『兄妹』じゃなくて『恋人』と勘違いしてたのかっ?
「道坂サンが言ってた、高橋クンの熱愛報道って、これのことやと思うよ。前に、居酒屋で飲んでたときも、このコ来てから高橋くんの態度おかしかったし、ボクも『この二人、なにかあるな』って思ってましたしね」
「ちっ……違います! 僕と奈々子は――――」
「ちょっと待って!」
僕の言葉をさえぎったのは、それまでずっと黙って聞いていた盟くんだった。
「あいつに言わせたほうがいいんじゃないか? こうなった以上、あいつにだって責任はあるんだし。それに……」
盟くんはゆっくりと僕に近づいて、ニッと笑って、
「おまえには、やらなきゃいけないことがあるんじゃないの?」
と、さっき彼女が出ていった方向を親指で差した。
「盟くん……」
「いまなら、まだ間に合う。あいつには、ボクが言っておくから。ちょうど、この局で収録してるって聞いてるから、連れてくるよ。だから……行ってこい!」
盟くんは、ドンッっと僕の背中を叩いた。
もしかしたら、奈々子から何か聞いているのかもしれない。
僕はうなずいて、盟くんが指差した方へと走り出した。
今度こそ、彼女に大切なことを伝えるために。
****
スタジオを飛び出した私は、流れ出る涙を拭うこともせず、ひたすら走って正面玄関からテレビ局の外に出た。
一瞬にして身体が冷えるのを感じて、頭も少し冷静さを取り戻す。
諒くんが変なことを言い出したとき、すぐに適当に流してしまえば、少なくとも番組をぶち壊しにすることはなかった。
こんなことになってしまって、私も諒くんも、今後の仕事に大きな影響を与えるのは確実だ。
もしかしたら、私なんて、明日から仕事がないかもしれない。
なんせ、天下のアイドル『Hinataの高橋諒』と生放送で大喧嘩した挙句、最後には思いっきり蹴りを入れてしまった。
何て事をしてしまったんだろう。
感情的になって、恋も仕事も、一度に失ってしまった。
もしもこれが、3年かけた壮大なドッキリなんだとしたら。
どれだけ、救われるだろう。
見事に引っかかって、芸人としてなかなかの仕事をしたと思うし。
諒くんとだって、今までと同じようにはいかないだろうけど、仕事か何かで会うことがあっても、普通に話ができたと思う。
いっそのこと、地元に帰ってひっそりと暮らそうかしら。
このまま東京にいたら、きっといろいろ思い出して、辛い。
そんなことを、どれくらいの間、考えていただろう。
私は、植え込みのブロックに座って、空を見上げた。
今夜は曇っていて、星はひとつも見えない。
今の私の心が映し出されているみたい。
「いつになったら、晴れるんだろ……」
そんな独り言をつぶやいて、見上げていた顔を元に戻すと。
視線の先には、諒くんが立っていた。
クリスマスイブの生放送で、盛り上がってたスタジオが、一気に静まり返る。
自分でも、嫌な言い方だと思った。
生放送でこんなこと言い出したら、番組ぶち壊しってことも分かってる。
「僕が東京にいない間、何をしてるのかと思ってたら、他の男と遊んでたんだ?」
ガタンッ……!
イスを派手に倒しながら、彼女は立ち上がった。
「違う……! あれは――――」
「すごく仲よさそうだよね、あの写真。驚いたよ。僕以外の男にも、あんなふうに笑えるんだ。……それとも、もうあの男にしか見せられない?」
僕はそう言いながら、ゆっくりと彼女に近づくように、スタジオの中央まで歩み出た。
「何言って……」
「わからない? じゃぁ、言い方を変えようか。男と温泉に行くってことは、『そういうこと』なんだろ?僕の話もちゃんと聞きもしないで、勝手に勘違いして。芸人同士なら、仕事のことあれこれ言われることもねぇよな。後輩芸人つかまえて、あてつけで温泉なんか行って、挙句の果てにはあの男と寝たんだ。――――違うっ!?」
最後は吐き捨てるように叫んだ僕は、ずっと彼女を見据えたままだ。
あの写真を見たときから続いていた、このもやもやとした感覚。
その感覚は、さっき彼女と廊下ですれ違ったときからじわじわと増幅して。
今まさに、極限にまで達してしまった。
――――嫉妬だ。
僕は、嫉妬してるんだ。
スタジオの中は、静寂に包まれている。
誰一人として、口を開こうとしない。
僕を制止しようとする者もいない。
僕が一方的に怒りをぶちまけているのを、ただ呆然と見ているだけ。
しばらくの間、何かに堪えるように黙っていた彼女は、やがてゆっくりと口を開き、静寂を破った。
「…………だとしたら、何なのよ」
彼女は、ひな壇から降り、僕の方へ歩きながら、言葉を続けた。
「もし、そうだとしても、あなたには関係ない話でしょ? あなたには本命のキレイで若い彼女がいるじゃない!」
「はぁ? 何のこと……」
「とぼけないでよ! あんなにデカデカと熱愛報道されてたじゃないの!!」
「2年も前の話だろ? あれはでっちあげだって説明したし、キミだって笑ってたじゃないか。何を今さら……」
「そうじゃないわよ!! あのコ、『諒クンはあたしのもの』って言ってたのよ!?」
「誰のことか知らないけど、そんなヤツ相手にしなければいいだろ!?」
「『誰のことか知らない』ですって!?」
既に目の前にいた彼女は、僕をキッと睨みつけた。
「じゃぁ、どうしてあのコがあなたの部屋から出てくるのよ!? どうしてあのコの前では態度が違うの!? 私のことなんて、ただからかって楽しんでただけのくせにっ!! 諒くんなんて、さっさと認めてあのコのところに行けばいい――――」
――――パシンッ……!!
小気味いい音が、スタジオ全体に響く。
気づいたら僕の右手が、彼女の頬を叩いていた。
彼女は、ずれた眼鏡の位置を直した。
そして、ゆっくりと一歩下がって僕との間合いをとったかと思うと…………。
――――ドゴッッッ!!
「………いっっってぇ!!」
僕の太ももに、蹴り!?
驚いて彼女の顔を見た。
ぎりぎりのところで、涙が出るのを堪えている。
彼女は顔をそむけると、走ってスタジオを出ていった。
スタジオ中の全ての人が、走り去る彼女を視線で追った。
誰もが、目の前で今何が起きたのか、理解できないでいるようだ。
このなんとも異様な空気を壊したのは、女性陣のボス的存在である大御所タレントだった。
「まさか、あんたら……付き合ってたん?」
はっと我に返ると、出演者やスタッフ全員の視線が、僕に注目している。
もはや、否定できる状況でもないし、否定する気もない。
「あ……えっと…………はい」
スタジオにどよめきが起こる。
みんなが何か一斉にしゃべりはじめたため、誰が何を言っているのか分からないが、なにやら混乱しているようだ。
「はいはい、じゃぁ、ちょっと一旦整理しましょ」
阿部さんがひときわ大きな声で呼びかけた。
さすが、仕切り屋。
その一声で、みんなのざわつきが収まった。
「まず、高橋クンと、道坂サンが付き合うてるんは、間違いないですね?」
「……はい」
「期間はどのくらい?」
「……3年」
阿部さんの質問に僕が答えるごとに、女性陣が身を乗り出して「えええぇ!?」と叫ぶ。
「高橋クンが怒ってるのは、ボクがさっき話題を振った、これのことでしょ?」
といって、阿部さんが取り出したのは、例の週刊誌の写真を引き伸ばしたパネルだった。
「高橋クンね、勘違いしてるでしょ。写真しか見てないんと違う? ちゃんと記事に書いてあるんやけどね、これ、仕事のロケ先ですわ」
「えっ……仕事?」
「確かに、仲良さそうに見えるけれどもね。ロケの内容がほんとどーしようもないもんで、抜け出して雑談してただけですって。ボク、道坂サンとは仕事で付き合い長いからわかりますけど、こういう内容の仕事って、彼女ちょっと苦手なんですよね。上手く抜け出して、若手連中と愚痴りあってるなんてこと、しょっちゅうですわ」
そう言って阿部さんは、写真のパネルを置いた。
「だからね、道坂サンは、無実。潔白ですわ。なんにも悪いことなんかしてへんよ。でも、高橋クンは、どうなん?」
次に阿部さんが取り出したのは、一枚の新聞紙だった。
「えっ……なんすか、それ」
「ちょっと前に出てた、高橋クンの記事」
「僕の?」
新聞紙を受け取った僕は、広げてそのトップ記事を見ると、目を疑った。
「は? 僕……と、奈々子が……はぁぁっ? 熱愛!?」
おいおいおいおいおいっ。
ちょっっっっっと待てっ。
あのカメラマン……僕と奈々子が、『兄妹』じゃなくて『恋人』と勘違いしてたのかっ?
「道坂サンが言ってた、高橋クンの熱愛報道って、これのことやと思うよ。前に、居酒屋で飲んでたときも、このコ来てから高橋くんの態度おかしかったし、ボクも『この二人、なにかあるな』って思ってましたしね」
「ちっ……違います! 僕と奈々子は――――」
「ちょっと待って!」
僕の言葉をさえぎったのは、それまでずっと黙って聞いていた盟くんだった。
「あいつに言わせたほうがいいんじゃないか? こうなった以上、あいつにだって責任はあるんだし。それに……」
盟くんはゆっくりと僕に近づいて、ニッと笑って、
「おまえには、やらなきゃいけないことがあるんじゃないの?」
と、さっき彼女が出ていった方向を親指で差した。
「盟くん……」
「いまなら、まだ間に合う。あいつには、ボクが言っておくから。ちょうど、この局で収録してるって聞いてるから、連れてくるよ。だから……行ってこい!」
盟くんは、ドンッっと僕の背中を叩いた。
もしかしたら、奈々子から何か聞いているのかもしれない。
僕はうなずいて、盟くんが指差した方へと走り出した。
今度こそ、彼女に大切なことを伝えるために。
****
スタジオを飛び出した私は、流れ出る涙を拭うこともせず、ひたすら走って正面玄関からテレビ局の外に出た。
一瞬にして身体が冷えるのを感じて、頭も少し冷静さを取り戻す。
諒くんが変なことを言い出したとき、すぐに適当に流してしまえば、少なくとも番組をぶち壊しにすることはなかった。
こんなことになってしまって、私も諒くんも、今後の仕事に大きな影響を与えるのは確実だ。
もしかしたら、私なんて、明日から仕事がないかもしれない。
なんせ、天下のアイドル『Hinataの高橋諒』と生放送で大喧嘩した挙句、最後には思いっきり蹴りを入れてしまった。
何て事をしてしまったんだろう。
感情的になって、恋も仕事も、一度に失ってしまった。
もしもこれが、3年かけた壮大なドッキリなんだとしたら。
どれだけ、救われるだろう。
見事に引っかかって、芸人としてなかなかの仕事をしたと思うし。
諒くんとだって、今までと同じようにはいかないだろうけど、仕事か何かで会うことがあっても、普通に話ができたと思う。
いっそのこと、地元に帰ってひっそりと暮らそうかしら。
このまま東京にいたら、きっといろいろ思い出して、辛い。
そんなことを、どれくらいの間、考えていただろう。
私は、植え込みのブロックに座って、空を見上げた。
今夜は曇っていて、星はひとつも見えない。
今の私の心が映し出されているみたい。
「いつになったら、晴れるんだろ……」
そんな独り言をつぶやいて、見上げていた顔を元に戻すと。
視線の先には、諒くんが立っていた。