君の光に恋してる!~アイドルHinataの恋愛事情【1】~
05 彼の部屋のなーこ
「……じゃぁ、今のうちに、帰るね」
私は精一杯、明るい声を作って言った。
諒くんは、私がさっきこの部屋に来たときとは違って、しっかりとした足取りで玄関まで私を見送ってくれたんだけれど、視線は定まってなかった。
まだ少し、熱が下がりきってないのかもしれない。
諒くんの部屋を出て歩き出した私は、さっき自分に起きていた出来事を思い返していた。
…………なんだったんだろう、あれは。
あんな諒くん、はじめて見た。
……正直言うと、ひょっとして、もしかして、もしかしたら……なんて、思ってたんだけれど。
……ついでに言うと、ひょっとして、もしかして、もしかするのなら……なんて、覚悟をしつつあったんだけれど。
結局、やっぱり、それ以上は何事もなかった。
じゃぁ、いったい、どういうつもりであんなこと……?
…………しばらく、ぐるぐると考えをめぐらせてみたけれど。
もしかしたら、考えるだけ無駄なのかもしれない。
だって、あの諒くんだもの。
きっと、意味なんてなかったんだろう。
****
「…………何やってんだ、俺は」
彼女を送り出した僕は、へなへなとベッドに座り込んだ。
もしも、あのまま、彼女の身体を抱きしめ続けていたとしたら。
……僕は、彼女との一線を越えないでいられる自信がなかった。
いっそのこと、越えてしまおうかとも考えた。
彼女から伝わる、強い光と、鼓動と、温もり。
いまでも、その感覚が僕の腕の中に残っている。
だけど、僕はなんとか踏みとどまった。
なぜなら、今はまだ越えてはならない理由がある。
僕は、深いため息をついた。
「…………いつまで耐えられるか……なぁ」
今度、同じような事態が起きたら、それこそ…………。
――――ぐうぅぅ……。
僕の腹の虫が鳴った。
そういえば、結局昼過ぎに彼女が買ってきてくれたスポーツドリンクとアイスを食べた以外、何も口にしていない。
熱も下がって、食欲も出てきた、ということか。
腹が減っては、なんとか、とも言うし。
気を取りなおして、僕はある人に電話をかけた。
「……あ、もしもし。……ちょっと頼みがあるんやけど……」
諒くんのマンションのロビーから、強く降り始めた雨の中に飛び込もうとしたときだった。
「あっ! 傘……」
私、諒くんの部屋に傘を置いてきてしまった。
そうとう、動揺していたらしい。
さっき、あんなことがあった後だから、『きっと、意味なんてなかったんだ』と思うことにしたとはいえ、取りに戻るのには、かなり勇気が要る。
だからと言って、ここから私が住んでるアパートまで、歩いて5分もかからない距離だけれど、さすがにこの雨の中を濡れながら走って帰るのは、どうかと思う。
私は、腕組みをしてしばらく悩んだ。
こうして、考えている間にもどんどん雨足は強まっていく。
……大丈夫よ、傘を取りに戻るだけだもの。
私は意を決して、諒くんの部屋へと引き返した。
……のは、いいんだけど。
いざ、玄関の前に立つと、やっぱり緊張してしまった。
落ち着け、私。
ちょっと、シミュレーションしてみよう。
まず、玄関のチャイムを押して。
で、諒くんが出てきたら、
『ごめんね、傘忘れちゃって……』って、努めて笑顔で言って。
傘(確か、玄関入ったすぐの傘立てにあるはずだ)を手にしたら、
『じゃぁ、また。お大事にね』って、帰ればいい。
どこにも、不自然なところはない……よね?
私、チャイムを押した。
――――ガチャッ。
「ごめんね、私、傘……忘れちゃっ……」
そこで、私の言葉は止まってしまった。
なぜなら、シミュレーションでは想定してなかった事態が起きたからだ。
すなわち、玄関のドアを開けて出てきたのは、諒くんではなかった。
私、部屋を間違えたのかと思って、表札を確認した。
名前は出てないけれど、部屋番号からして、諒くんの部屋に間違いないはずだ。
でも……じゃぁ、なんで?
なんで、ここに、あの『なーこ』がいるの……?
「あ……、道坂サン?」
なーこは、特別驚いた様子も、訝しんでる様子もなく、私の顔を見ている。
私の思考回路は、既に停止した状態。
「諒クンなら、いまシャワー浴びてますけど」
と、なーこは浴室の方に視線をやった。
なんで、あなたが諒くんの部屋にいて、なんで諒くんはシャワー浴びてるのよ?
……と、問い詰めようにも、声が出てこない。
どんな答えが返ってくるのか、怖かった。
「あ、えっと……傘……」
やっと出てきた言葉は、それだけだった。
「あぁ、……これっすか?」
なーこは、傘立てから私の傘を抜き取って、私の前に差し出す。
私、黙ってそれを受け取るしかなかった。
そのとき、浴室から声がした。
はっきりとは聞こえなかったけれど、多分、誰が訪ねてきたのか、という内容で。
確かに諒くんの声だ。
「新聞の勧誘――っ!」
なーこは、浴室に向かって叫ぶと、今度は、私に向かって笑顔を見せて、
「じゃ、そういうことで」
と、玄関のドアを閉めた。
勝ち誇ったような、笑顔。
…………いったい、なんなの?
それまで停止していた思考回路は、わけのわからない異常な回転を始めて。
あのコから受け取った傘をさすことも忘れて、既にどしゃぶりになっている雨の中を、自分のアパートへと帰っていった。
私は精一杯、明るい声を作って言った。
諒くんは、私がさっきこの部屋に来たときとは違って、しっかりとした足取りで玄関まで私を見送ってくれたんだけれど、視線は定まってなかった。
まだ少し、熱が下がりきってないのかもしれない。
諒くんの部屋を出て歩き出した私は、さっき自分に起きていた出来事を思い返していた。
…………なんだったんだろう、あれは。
あんな諒くん、はじめて見た。
……正直言うと、ひょっとして、もしかして、もしかしたら……なんて、思ってたんだけれど。
……ついでに言うと、ひょっとして、もしかして、もしかするのなら……なんて、覚悟をしつつあったんだけれど。
結局、やっぱり、それ以上は何事もなかった。
じゃぁ、いったい、どういうつもりであんなこと……?
…………しばらく、ぐるぐると考えをめぐらせてみたけれど。
もしかしたら、考えるだけ無駄なのかもしれない。
だって、あの諒くんだもの。
きっと、意味なんてなかったんだろう。
****
「…………何やってんだ、俺は」
彼女を送り出した僕は、へなへなとベッドに座り込んだ。
もしも、あのまま、彼女の身体を抱きしめ続けていたとしたら。
……僕は、彼女との一線を越えないでいられる自信がなかった。
いっそのこと、越えてしまおうかとも考えた。
彼女から伝わる、強い光と、鼓動と、温もり。
いまでも、その感覚が僕の腕の中に残っている。
だけど、僕はなんとか踏みとどまった。
なぜなら、今はまだ越えてはならない理由がある。
僕は、深いため息をついた。
「…………いつまで耐えられるか……なぁ」
今度、同じような事態が起きたら、それこそ…………。
――――ぐうぅぅ……。
僕の腹の虫が鳴った。
そういえば、結局昼過ぎに彼女が買ってきてくれたスポーツドリンクとアイスを食べた以外、何も口にしていない。
熱も下がって、食欲も出てきた、ということか。
腹が減っては、なんとか、とも言うし。
気を取りなおして、僕はある人に電話をかけた。
「……あ、もしもし。……ちょっと頼みがあるんやけど……」
諒くんのマンションのロビーから、強く降り始めた雨の中に飛び込もうとしたときだった。
「あっ! 傘……」
私、諒くんの部屋に傘を置いてきてしまった。
そうとう、動揺していたらしい。
さっき、あんなことがあった後だから、『きっと、意味なんてなかったんだ』と思うことにしたとはいえ、取りに戻るのには、かなり勇気が要る。
だからと言って、ここから私が住んでるアパートまで、歩いて5分もかからない距離だけれど、さすがにこの雨の中を濡れながら走って帰るのは、どうかと思う。
私は、腕組みをしてしばらく悩んだ。
こうして、考えている間にもどんどん雨足は強まっていく。
……大丈夫よ、傘を取りに戻るだけだもの。
私は意を決して、諒くんの部屋へと引き返した。
……のは、いいんだけど。
いざ、玄関の前に立つと、やっぱり緊張してしまった。
落ち着け、私。
ちょっと、シミュレーションしてみよう。
まず、玄関のチャイムを押して。
で、諒くんが出てきたら、
『ごめんね、傘忘れちゃって……』って、努めて笑顔で言って。
傘(確か、玄関入ったすぐの傘立てにあるはずだ)を手にしたら、
『じゃぁ、また。お大事にね』って、帰ればいい。
どこにも、不自然なところはない……よね?
私、チャイムを押した。
――――ガチャッ。
「ごめんね、私、傘……忘れちゃっ……」
そこで、私の言葉は止まってしまった。
なぜなら、シミュレーションでは想定してなかった事態が起きたからだ。
すなわち、玄関のドアを開けて出てきたのは、諒くんではなかった。
私、部屋を間違えたのかと思って、表札を確認した。
名前は出てないけれど、部屋番号からして、諒くんの部屋に間違いないはずだ。
でも……じゃぁ、なんで?
なんで、ここに、あの『なーこ』がいるの……?
「あ……、道坂サン?」
なーこは、特別驚いた様子も、訝しんでる様子もなく、私の顔を見ている。
私の思考回路は、既に停止した状態。
「諒クンなら、いまシャワー浴びてますけど」
と、なーこは浴室の方に視線をやった。
なんで、あなたが諒くんの部屋にいて、なんで諒くんはシャワー浴びてるのよ?
……と、問い詰めようにも、声が出てこない。
どんな答えが返ってくるのか、怖かった。
「あ、えっと……傘……」
やっと出てきた言葉は、それだけだった。
「あぁ、……これっすか?」
なーこは、傘立てから私の傘を抜き取って、私の前に差し出す。
私、黙ってそれを受け取るしかなかった。
そのとき、浴室から声がした。
はっきりとは聞こえなかったけれど、多分、誰が訪ねてきたのか、という内容で。
確かに諒くんの声だ。
「新聞の勧誘――っ!」
なーこは、浴室に向かって叫ぶと、今度は、私に向かって笑顔を見せて、
「じゃ、そういうことで」
と、玄関のドアを閉めた。
勝ち誇ったような、笑顔。
…………いったい、なんなの?
それまで停止していた思考回路は、わけのわからない異常な回転を始めて。
あのコから受け取った傘をさすことも忘れて、既にどしゃぶりになっている雨の中を、自分のアパートへと帰っていった。