君の光に恋してる!~アイドルHinataの恋愛事情【1】~
07 鍵とおかゆと風邪薬
目が覚めたとき、私の身体には掛け布団が掛っていた。
おでこには、既に温かくなってはいるけれど、湿らせたタオルが乗っている。
何で……?
あ、マネージャー? 確か、合い鍵持ってる……。
でも、私のマネージャーは、担当タレントが寝込んでるからって、心配して見舞いにくるような人じゃない。
そのとき、台所の方から物音が聞こえた。
…………誰か居る。
私は視力が悪い上に、今は風邪で頭がぼーっとしているから、ここからでは台所にいる物音の主が誰なのか、分からない。
だけど、不思議と怖い感じはしない。
ゆっくりと人影が近づいてくる。
「…………あ、目が覚めた?」
男性の声だ。
マネージャーじゃない(だって、私のマネージャーは女性だ)。
……待って、この声……。
「……………………諒くん?」
「ん?」
「……そこにいるの、……諒くんなの?」
「あ、もしかして、見えてない?」
声の主は、ゆっくりと顔を近づけた。
…………諒くんだ。
「え…………、なんで……ここに?」
私が風邪を引いて寝込んでることなんて、諒くんは知らないはず……。
「さて、どうしてでしょう?」
そんな問題出されても、あいにく今の私は答えを導き出せる状態にない。
私が黙っていると、諒くんはクスッと笑って続けた。
「今日、テレビ局でね、『しぐパラ』が収録しているスタジオの前を通ったんだ。で、『なんか、今日は人が少なくないですか?』って、スタッフに聞いたら、みっちゃんが風邪でお休みしてるって」
『しぐパラ』っていうのは、今日私が出演するはずだった番組のことだ。
「だから、帰るついでに寄ってみた」
「……え、だって……鍵は?」
「あ、そうそう。これ……」
そう言って、諒くんはポケットから何かを取り出した。
よく見えないから、私は眼鏡をかけて、諒くんの手のひらを見た。
諒くんが持っていたのは、鍵だ。
「……うちの?」
「そうだよ」
「……もしかして、マネージャーに?」
「ん? 違う違う。覚えてない?」
……何かあったっけ。
「半年くらい前かな。みっちゃんが、ロケで一週間くらい家を空けるから、世話してほしいって」
と、諒くんはベランダを指差した。
ベランダには、花やら野菜やらのプランターがいくつかある。
そういえば……。そんなこともあったかな……。
「……忘れてた」
諒くんは、フフっと笑って、「だろうね」と答えた。
「みっちゃんが、鍵のこと、返してほしいとか言わなかったから、そのまま持ってたんだけれど」
「……うん」
「このまま、僕が持ってていいよね?」
と言うと、再びポケットに鍵をしまい込んでしまった。
…………私の答えは聞かない。
「どうして、連絡してくれなかったの?」
「……え?」
「風邪で寝込んでるって。僕、びっくりしたよ。玄関開けたら、床に倒れてたから」
「…………嘘」
「ほんとだって。ベッドにたどり着けずに、力尽きたって感じだった」
……と、いうことは、諒くんが私をベッドまで運んでくれた、ということ……よね。
…………パジャマに着替えておいてよかった。
もし、昨日の服のまま倒れていたとしたら、余計に不信に思われたに違いない。
「僕が、風邪をうつしたんじゃないかって責任感じちゃう、とか思った?」
諒くんは、『なんでもお見通しだよ』って感じで笑った。
でも……、違うのよ、諒くん。そうじゃなくて…………。
私の内なる反論は伝わるはずもなく、諒くんは、ゆっくりと立ち上がった。
「ここに来る途中で、ついでに薬買ってきたんだ。どんな具合かも分からないから、いくつか適当に選んできたんだけど」
諒くんはレジ袋から風邪薬を3、4個取り出して、テーブルに並べる。
それを見て、私、諒くんがついている小さな嘘に気がついた。
だって、諒くんが『ついでに買ってきた』と言って並べたこの薬。
全部、見覚えがある。
なぜなら、私が今までに、風邪を引いた諒くんのために買っていったものだ。
その証拠に、今さっきレジ袋から取り出したばかりにも関わらず、すべて外箱の封が開いている。
私が、諒くんに飲ませようと中身を取り出すために開けたからだ。
「……喉の痛み、発熱……こっちは、鼻からくる風邪に。これは、咳止め……っと。いろいろ種類があるんだね」
当然。
諒くんに薬を買っていくとき、以前買ったものと効き目がダブらないように、ちゃんと考えて買ってたんだから。
一度も飲んでもらえてないけれど。
諒くんは、いくつかの箱と、私とを見比べて、
「これがお勧めだな。今の症状に一番合うと思う」と、ひとつの箱から薬を取り出して、私に差し出した。
今朝は、『このままこの世界が終わってしまえばいい』なんて絶望的な気分だったけれど。
今の私の気分は、だんだんと浮上しつつあった。
諒くんは、『風邪を引いたと偶然スタッフから聞いて、帰るついでに薬局に寄って、適当に薬を選んで、この部屋に寄ったんだ』という説明をしているけれど。
諒くんがきょう仕事していたテレビ局(要するに、私がきょう出演するはずだったレギュラー番組を収録していたテレビ局)から、私の部屋までの道のりには、薬局なんて、実は一軒もない(ちょっと、不便よね)。
私が昨日諒くんの部屋に行く前に寄った薬局は、別のテレビ局のそばにある。
もっと言うと、私の住んでいるアパートは、最寄駅と諒くんの住んでいるマンションの間にあって。
諒くんは、一度、わざわざ自分の部屋まで薬を取りに帰って、それから私の部屋まで戻ってきたことになる。
全然、『ついで』じゃない。
それって、私のことを心配してくれてるってことじゃない?
そりゃぁね。
『仕事とかの何らかの理由で他の場所に行ったついでに薬局に行った』とか。
『今日は車で出かけてた』とか。
『たまたま私が買った薬と同じ物を買った』とか。
『薬の外箱は中身を確認するために自分で開けた』とか。
そんな可能性、いくらでもあるけど。
まだ、風邪で頭がぼーっとしてるからか、ひとつ都合の良い考えが浮かぶと、それ以外の都合の悪い考えは自然と消えていった。
それに、たとえ、ほんとにただの『ついで』だったとしても、この部屋に来てくれた、ということは、やっぱり少しは心配してくれてたってことだと思うし。
今の私には、それだけで十分。
…………ほんと、単純だと自分でも思う。
もしも、3年かけたドッキリ計画だったとしても。
もしも、ほんとはあのコが本命なんだとしても。
諒くんが、こうして心配して来てくれたってことは、事実だし。
今は、それで、いいんじゃない?
「雑炊作ったんだ。みっちゃんが寝てる間にね。食べられそう?」
諒くんが作った雑炊か……。
ほんとは、食欲どころか身体を起こす体力もないんだけど。
諒くんが、私のために作ってくれた雑炊、食べないわけにはいかない。
結局私は、雑炊をお茶碗に軽く一杯食べるのが限界だった。
……でも、諒くんが作ってくれた雑炊は、とてもやさしくて温かかった。
「……諒くん」
「ん?」
「…………ありがと」
諒くんは何も言わずに、少し照れくさそうに微笑んで、私が食べきれなかった雑炊の残りを食べ始めた。
おでこには、既に温かくなってはいるけれど、湿らせたタオルが乗っている。
何で……?
あ、マネージャー? 確か、合い鍵持ってる……。
でも、私のマネージャーは、担当タレントが寝込んでるからって、心配して見舞いにくるような人じゃない。
そのとき、台所の方から物音が聞こえた。
…………誰か居る。
私は視力が悪い上に、今は風邪で頭がぼーっとしているから、ここからでは台所にいる物音の主が誰なのか、分からない。
だけど、不思議と怖い感じはしない。
ゆっくりと人影が近づいてくる。
「…………あ、目が覚めた?」
男性の声だ。
マネージャーじゃない(だって、私のマネージャーは女性だ)。
……待って、この声……。
「……………………諒くん?」
「ん?」
「……そこにいるの、……諒くんなの?」
「あ、もしかして、見えてない?」
声の主は、ゆっくりと顔を近づけた。
…………諒くんだ。
「え…………、なんで……ここに?」
私が風邪を引いて寝込んでることなんて、諒くんは知らないはず……。
「さて、どうしてでしょう?」
そんな問題出されても、あいにく今の私は答えを導き出せる状態にない。
私が黙っていると、諒くんはクスッと笑って続けた。
「今日、テレビ局でね、『しぐパラ』が収録しているスタジオの前を通ったんだ。で、『なんか、今日は人が少なくないですか?』って、スタッフに聞いたら、みっちゃんが風邪でお休みしてるって」
『しぐパラ』っていうのは、今日私が出演するはずだった番組のことだ。
「だから、帰るついでに寄ってみた」
「……え、だって……鍵は?」
「あ、そうそう。これ……」
そう言って、諒くんはポケットから何かを取り出した。
よく見えないから、私は眼鏡をかけて、諒くんの手のひらを見た。
諒くんが持っていたのは、鍵だ。
「……うちの?」
「そうだよ」
「……もしかして、マネージャーに?」
「ん? 違う違う。覚えてない?」
……何かあったっけ。
「半年くらい前かな。みっちゃんが、ロケで一週間くらい家を空けるから、世話してほしいって」
と、諒くんはベランダを指差した。
ベランダには、花やら野菜やらのプランターがいくつかある。
そういえば……。そんなこともあったかな……。
「……忘れてた」
諒くんは、フフっと笑って、「だろうね」と答えた。
「みっちゃんが、鍵のこと、返してほしいとか言わなかったから、そのまま持ってたんだけれど」
「……うん」
「このまま、僕が持ってていいよね?」
と言うと、再びポケットに鍵をしまい込んでしまった。
…………私の答えは聞かない。
「どうして、連絡してくれなかったの?」
「……え?」
「風邪で寝込んでるって。僕、びっくりしたよ。玄関開けたら、床に倒れてたから」
「…………嘘」
「ほんとだって。ベッドにたどり着けずに、力尽きたって感じだった」
……と、いうことは、諒くんが私をベッドまで運んでくれた、ということ……よね。
…………パジャマに着替えておいてよかった。
もし、昨日の服のまま倒れていたとしたら、余計に不信に思われたに違いない。
「僕が、風邪をうつしたんじゃないかって責任感じちゃう、とか思った?」
諒くんは、『なんでもお見通しだよ』って感じで笑った。
でも……、違うのよ、諒くん。そうじゃなくて…………。
私の内なる反論は伝わるはずもなく、諒くんは、ゆっくりと立ち上がった。
「ここに来る途中で、ついでに薬買ってきたんだ。どんな具合かも分からないから、いくつか適当に選んできたんだけど」
諒くんはレジ袋から風邪薬を3、4個取り出して、テーブルに並べる。
それを見て、私、諒くんがついている小さな嘘に気がついた。
だって、諒くんが『ついでに買ってきた』と言って並べたこの薬。
全部、見覚えがある。
なぜなら、私が今までに、風邪を引いた諒くんのために買っていったものだ。
その証拠に、今さっきレジ袋から取り出したばかりにも関わらず、すべて外箱の封が開いている。
私が、諒くんに飲ませようと中身を取り出すために開けたからだ。
「……喉の痛み、発熱……こっちは、鼻からくる風邪に。これは、咳止め……っと。いろいろ種類があるんだね」
当然。
諒くんに薬を買っていくとき、以前買ったものと効き目がダブらないように、ちゃんと考えて買ってたんだから。
一度も飲んでもらえてないけれど。
諒くんは、いくつかの箱と、私とを見比べて、
「これがお勧めだな。今の症状に一番合うと思う」と、ひとつの箱から薬を取り出して、私に差し出した。
今朝は、『このままこの世界が終わってしまえばいい』なんて絶望的な気分だったけれど。
今の私の気分は、だんだんと浮上しつつあった。
諒くんは、『風邪を引いたと偶然スタッフから聞いて、帰るついでに薬局に寄って、適当に薬を選んで、この部屋に寄ったんだ』という説明をしているけれど。
諒くんがきょう仕事していたテレビ局(要するに、私がきょう出演するはずだったレギュラー番組を収録していたテレビ局)から、私の部屋までの道のりには、薬局なんて、実は一軒もない(ちょっと、不便よね)。
私が昨日諒くんの部屋に行く前に寄った薬局は、別のテレビ局のそばにある。
もっと言うと、私の住んでいるアパートは、最寄駅と諒くんの住んでいるマンションの間にあって。
諒くんは、一度、わざわざ自分の部屋まで薬を取りに帰って、それから私の部屋まで戻ってきたことになる。
全然、『ついで』じゃない。
それって、私のことを心配してくれてるってことじゃない?
そりゃぁね。
『仕事とかの何らかの理由で他の場所に行ったついでに薬局に行った』とか。
『今日は車で出かけてた』とか。
『たまたま私が買った薬と同じ物を買った』とか。
『薬の外箱は中身を確認するために自分で開けた』とか。
そんな可能性、いくらでもあるけど。
まだ、風邪で頭がぼーっとしてるからか、ひとつ都合の良い考えが浮かぶと、それ以外の都合の悪い考えは自然と消えていった。
それに、たとえ、ほんとにただの『ついで』だったとしても、この部屋に来てくれた、ということは、やっぱり少しは心配してくれてたってことだと思うし。
今の私には、それだけで十分。
…………ほんと、単純だと自分でも思う。
もしも、3年かけたドッキリ計画だったとしても。
もしも、ほんとはあのコが本命なんだとしても。
諒くんが、こうして心配して来てくれたってことは、事実だし。
今は、それで、いいんじゃない?
「雑炊作ったんだ。みっちゃんが寝てる間にね。食べられそう?」
諒くんが作った雑炊か……。
ほんとは、食欲どころか身体を起こす体力もないんだけど。
諒くんが、私のために作ってくれた雑炊、食べないわけにはいかない。
結局私は、雑炊をお茶碗に軽く一杯食べるのが限界だった。
……でも、諒くんが作ってくれた雑炊は、とてもやさしくて温かかった。
「……諒くん」
「ん?」
「…………ありがと」
諒くんは何も言わずに、少し照れくさそうに微笑んで、私が食べきれなかった雑炊の残りを食べ始めた。