ドラゴン・ノスタルジア
 その時。

 店のドアが派手な音を立てて開き、真っ赤な顔をして怒った梅ばあちゃんと、母・露木桃が入って来た。

「大地!」

 濃紺の着物の袖を白い紐で括り付けたまま、梅は息を切らせて大地を睨みつけている。

「…いつの間に…本殿から…抜け出したのです…こんな所にいるとは!」

「…梅!」

「こんな所とは何です」

 父は呟き、口を尖らせた。

 優しく肩をさすってから母は懸命に梅をなだめ、

「外で偶然梅さんに会ったんだけど…どうしちゃったの?こんなに怒るなんて」
 店のエプロンに着替えつつ、心配そうに彼女を見つめた。

 梅は母の言葉に返事をせず、さらに大地に怒号を発した。

久遠(くおん)様が怒っています!勝手に神社から抜け出すとは!」

「…気づくの早え」

 梅は、大きなため息をついた大地の腕を荒々しく掴んだ。

「帰って下さい、大地。あちらの世界に」

「ちょっと待て、梅」

「人間が今、どんな状況なのか知っているのですか?」

「コロナとかいう伝染病が流行ってんだろ?さくらに聞いた」

「聞いたのなら、帰ってちゃんと仕事をしてもらわないと。…私のかわりに」

「…うるせえババアだ」

「なんですと?!」

 大地は私を手招きした。

「さくら、ちょっと」

 私が頷いて大地に近づくと、彼は私に小さく耳打ちをした。


「コンノに返す本を、今すぐ持って来い」

< 9 / 60 >

この作品をシェア

pagetop