悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
「その件については引き続き調査を進めさせてもらいます。ドローナ先生が学食で働いて下さるおかげで私にも余裕が出来ましたから、これからは私も積極的に動けると思います」

「それは頼もしいですね。我が校のために、感謝します」

「仕事ですから。あの、それで……これは仕事とは関係ないんですけど。実はオランヌからリンゴをたくさんもらったんです。ジャムを作ってみたので、リシャールさんにも渡そうと思って」

「そのために校長室まで?」

 決して咎められているわけではないのだが、純粋に驚かれたことでカルミアは後ろめたいような衝動に駆られた。よく考えてみれば、明日渡せばいいだけのことである。それを自分はわざわざ学園まで戻って来たのだ。

「だけというわけじゃないんです! その、進展はありませんが、きちんと経過は報告しないといけませんし……あの、えっと、これどうぞ!」

 何を言っているのか混乱してきたため、カルミアは手早くジャムを差し出すことにした。
 リシャールはビンに詰められたジャムを興味深そうに眺めてから、改めてカルミアに言葉をかける。

「ありがとうございます。このジャムも、それに仕事も。カルミアさんは仕事熱心ですね」

「そんな、リシャールさんの方が!」

 進展さえしていないのに過程だけで褒められても複雑だ。

「ジャムまでいただけて嬉しい驚きでした。食事がまだなので、後ほどパンに塗って使わせていただきますね」

「食事もまだなんですか!?」

 信じられないとカルミアは声を張り上げていた。

「もう少し片付けてからにしようかと」

 リシャールはそうは言うが、一般的に夕食を取るとされる時間はとっくに過ぎている。食事がまだだと知った瞬間、笑っているはずのリシャールが急速に疲れて見えてきた。
 放っておけばいつまでも食事をしないというオランヌの言葉が脳裏を過る。

「リシャールさん! 私、これから夜食を食べようと思うんです。パンに塗って使うと言ってくれましたけど、私もそうしたいなって。なのでこれからジャムサンドを作るんですけど、良かったら一緒に食べてもらえませんか!?」

「え、ええ、それは願ってもないことですが……」

「わかりました。また来ます!」

「カルミアさん!?」

 あっけにとられたリシャールを残し、カルミアは大股で校長室を飛び出していた。
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