悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
「こんにちは」

 話しかけると、やはり不審がられていることは明白だ。出来るだけ手短に済ませようと、カルミアはさっそく本題に入ることにした。

「突然なんですが、レインさんの好きな食べ物を教えてくれませんか?」

「なんですか、本当に急に……」

 この質問のせいでより不信度が増したようだ。

「学食の新メニューに悩んでいて、調査をして回っているんです。せっかくならみんなが食べたい物を提供したいですから。レインさんも、学食で出たら嬉しい食べ物ってありますか?」

「私が学食に行くことはありません。私の答えなんて聞くだけ無駄ですよ」

「なら、純粋にレインさんの好きな食べ物が知りたいわ」

 カルミアが笑顔を添えて問えば盛大な呆れを感じた。初めて怯え以外の感情を返してくれたことは嬉しいが、やや複雑ではある。

「無理ですよ」

 しばらく待ってもレインは短く答えるだけだった。

「もしかして、作るのが難しいんですか?」

 レインは頑なに名称を告げようとしない。答えるつもりがないのか、期待をしていないのか。分かりかねたカルミアは慎重に反応を窺う。
 やがて根負けしたのはレインの方だった。

「……そうです。カルミアさんには無理だと思います」

「そうかしら。これでも食には通じているのよ」

「なら言いますけど。私が食べたいのは――――」

 レインはついに望みを口にした。答えなければこの時間がいつまでも続くと思ったのだろう。早急に解放されたいという意思の表れだった。
 どうせ無理だろうと諦めていることは表情を見ればわかる。けれどその名を聞いたカルミアは、馴染みの食べ物であることに驚かされていた。
 ただしレインはそれを無知と解釈したようだ。

「ほら、どんな食べ物かもわからないですよね。最初から期待もしていません。だからもう私には関わらないで下さい。失礼します」

 きっぱりと拒絶を示したレインは校舎の方へ歩いて行く。
 取り残されたカルミアは一人立ち尽くすが、その表情は闘志に燃えていた。

「レインさんて、あれが好きなんだ……」

 拒絶されたにもかかわらずカルミアからは笑みが零れていた。

(なーんだ、私と一緒じゃない。それにあんな顔で言われたら、意地でも食べさせてあげたくなったわ)

 期待してはいないと告げながら、レインはカルミアの表情を見て落胆していた。それは心のどこかで期待をしていたからだろう。

(よっぽど好きなのね。私も久しぶりに食べたくなったし、学食で振る舞ってみるのもいいかもしれない)

 レインからもしっかりとヒントを得たカルミアである。
 そうと決まればリデロに連絡だ。幸い頼れる部下は父の使いで例のもが流通している地域にいたと記憶している。

(期待していなさい。私に手に入らない物はないのよ)

 レインはカルミアの本当の名前を知らない。カルミアの一族が、手に入れられない物はないとまで言わしめる存在であることを。
 準備が整えばレインを学食に招待するとカルミアは決めていた。
 しかしまずは職員会議を乗り越えることが先決だ。
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