悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
「硬い硬い。そういうんじゃなくて、もっと気楽にね」

「オランヌこそ楽しんでる……みたいね」

「そりゃあね。なんてったってリシャールがいるのよ。それだけで笑えてくるわ!」

「どういうこと?」

「あの人がこういう会に出席するの、あたしが知っている限りでは初めてなのよね。カルミア効果さまさまだわ」

「大袈裟だと思うけど」

 おそらくリシャールはカルミアが参加しやすい空気を作ってくれたのだ。

「あ、リシャール! こっちこっち。楽しんでる?」

 オランヌが手招きする先にはリシャールがグラスを手に佇んでいた。
 赤い顔で手招きするオランヌを見るなり、呆れたように近づいてくる。

「はいはい、聞こえていますよ。そんなに飲んで大丈夫なんですか? 明日、二日酔いになっても知りませんよ」

「そしたらカルミアに胃に優しい食べ物でも差し入れてもらおうかしら」

「二日酔いになるのは勝手ですが、カルミアさんに迷惑をかけないで下さい」

 リシャールはぴしゃりと言い放つが、カルミアは放っておけないと手を挙げる。

「あの、辛い時は言ってね。私でよければ何か作るから」

「やだもうこの子ってば天使!?」

 大袈裟なまでの反応を返すオランヌは大分酔っているらしい。これは本心を引き出すまでもないだろう。となればカルミアはこの場に留まっているわけにもいかない。

「リシャールさん、オランヌをお願いできますか? 他の先生方ともお話したいのですが、一人にしておくのは心配で」

「カルミアさんの頼みであれば引き受けないわけにはいきませんね」

 まだ突撃していない教師が残っていることを目で訴える。
 それこそがここへきた本来の目的だ。リシャールは心得ましたと言って、しな垂れるオランヌを引き剥がしてくれた。
 自由になったカルミアは何食わぬ顔で教師陣の輪に突入していく。学食勤務という立派な肩書はとても役に立つものだった。
 せめて犯人候補くらいは目星をつけたい。そう意気込むカルミアだが、飲み会が終わる頃にはすっかり元気を失くしていた。

(そんな風に意気込んでいた私もいたわよね……)

 カルミアは深く落ち込んでいた。
 どうして怪しい人間の一人や二人も存在しない。
 校長になることを夢見る野心家が一人くらいいてもいいだろう。
 リシャールを快く思わない人間が一人くらいいてもいいだろう。

 本来であればいないほうが良いことではあるけれど……。
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