悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
「すみません、飲み会にまで連れ出してしまって」

「いえ、これも仕事ですから。でも、すみませんでした。せっかくリシャールさんがチャンスを作ってくれたのに、手掛かりさえ見つけることが出来ないなんて」

「気を落とさないで下さい。カルミアさんは良く働いて下さっています」

 学園の敷地に着くと、不意にリシャールが空を見上げた。カルミアもつられて足を止め、あの日とは立場が変わったことを思い出していた。

「今夜の月も綺麗ですね」

 今夜もとリシャールは言った。彼も同じ日を思い浮かべていたのだろうか。

「カルミアさん。今日は楽しめましたか?」

 リシャールが心配そうに尋ねてくる。それは楽しんでほしかったと望んでいるような口ぶりで、カルミアは仕事を抜きにして正直な気持ちを答えることにした。

「そうですね。楽しかったかと言われると、初めは緊張もしましたが、みなさん優しく迎えてくれて、とても楽しかったです」

「それは良かったです。ここに来た日はどことなく寂しそうにされていましたから」

「お、覚えてたんですか!?」

「私のせいで申し訳ないことをしたと感じていました」

 つまり今日のことはすべてリシャールの優しさだった。カルミアが寂しさを忘れられるように、わざと賑やかな場所に連れ出してくれたのだ。
 ほんの小さな出来事を見逃さず今日まで覚えていてくれた。そしてカルミアのためを思って飲み会に誘ってくれたのだ。

「ありがとうございます。でも、私はもう大丈夫ですよ。学食は賑やかで、オランヌは気さくで、こうしてリシャールさんが気に掛けて下さいます。密偵(わたし)にはもったいないほどの待遇で、実はあの日以来、寂しがっている暇がないんです」

「そうでしたか。ですが、寂しい時はいつでも私を頼って下さって構いませんよ」

 リシャールだけが本当の自分を知っている。
 船を操り、船員たちの上に立ち、自由に海を飛び回る姿を。
 身分を偽らず、この学園で本当の自分を見せられるのはリシャールの前だけだ。それはカルミアにとって安らげる場所なのかもしれない。
 きっとリシャールにとっても、この学園で心から信じられるのはカルミアという存在だけなのだろう。
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