悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
 しかしリシャールが姿を消したことはオランヌによって伏せられ、学園は平常通り運営されている。アレクシーネの校長という役職は重要なもので、不在が知れ渡れば混乱が起きるというオランヌの配慮だ。それまでは彼が仕事を肩代わりするという。

 いつものように学食へ出勤すれば、フロアでロシュに出迎えられる。厨房の方に顔を出せば、ベルネが茶を啜り、ドローナは授業が終わり次第手伝ってくれる予定だ。そんな当たり前の光景が随分遠い日の出来事に思えた。
 するとフロアにいたロシュから来客を告げられる。

「カルミアさーん、お兄さんが来てますよー」

「お兄さん?」

 顔を出せば見慣れた人物が入口のところで手を振っていた。

(そういえば、そういう設定にしたんだったわね)

 思い出したよう応えが、リデロはこうしてたびたびカルミアを訪ねてくれていた。リデロのことは名前も借りているのでそのまま兄だと紹介している。

「今日はありがとう。無理を言って悪かったわね」

 カルミアが労うと、リデロは苦笑いを浮かべた。やはり大変だったようだ。

「急にあれを入手して届けろと言われた時は驚きましたけどね。まあ俺の方もお嬢に用があったんで、ちょうど良かったですよ」

「何かあった!?」

 リデロに頼んでいた仕事は学園の調査とラクレット家の調査である。そのどちらかに動きがあったのかと身構えるが、急務にしてはリデロは落ち着き払っていた。
 ロシュが掃除をしているため、二人は声を潜めて話し合う。

「お嬢が監督してる香水店なんですが、確認してほしいってサンプルを預かってきました。バラの香りらしいですよ」

「ああ、そういえばそんな時期だったわね。あとで確認させてもらうわ」

 手渡された香水瓶をカルミアは制服のポケットにしまい込んだ。

「あと、例の物は港の船にたんまり用意してありますんで」

 ここだけを聞けば完全に危険な取引現場である。しかし実際は、積み荷は平和的で美味しいものだ。

「なら私も一度船に戻ろうかしら」

「お、いいですね! ついでに俺らにもご馳走してくれると有り難いです」

「だから今日運んでこなかったんじゃないでしょうねえ」

 リデロは曖昧に笑って誤魔化すだけだった。

「別に良いけど。それとリデロ。私、もしかしたら船に戻ることになるかもしれないわ」

「え!?」

 リデロは酷く驚いたような顔をする。
 何をそんなに驚く必要があるのか。それを問う前に別の異変が起きたことでカルミアの疑問は消えていた。
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