悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
 霧を掻き分けながらアレクシーネ像に触れたカルミアは清廉な力に包まれた。

(アレクシーネ様、私に語りかけていたんですか?)
 
 遠くに聞こえていたはずの声はすぐそばにあった。

『ええ、私は貴女に呼びかけた。他でもない、私の愛しい子――その遠い子孫である貴女に。会いたかったわ、カルミア』

 彼女の力に触れているからだろう。言葉にせずとも想いは伝わっていた。

(偉大なご先祖様に名前を呼ばれるなんて光栄ね)

『ああ、嬉しい。ようやく貴女に声が届いた。あの子は立派に成長したのね。こんなにも素敵な未来を繋げたのだから』

 カルミアに語りかける声は力の残滓だ。過去に生きたアレクシーネの記憶が意識を再現させている。そうとわかっていても偉大な魔女の声を聴けば自然と背筋が伸びていた。

『ねえ、ドローナをありがとう。あの子を止めてくれて』

 ゲームでのアレクシーネはドローナの犯した罪に心を痛めていたことを思い出す。

(私は何も……)

 自分はただ引っ掻きまわしただけで感謝されるようなことはしていない。
 しかしアレクシーネは言った。

『いいえ。貴女の言葉がドローナを変えた。過去に囚われているからこそ、私にはわかる。貴女が未来を変えたのよ。カルミアには未来を変える力がある。だからこそ私は貴女に呼びかけ待っていた。貴女が来てくれる日を』

(私、大切な人に会いに来たんです)

『ええ、彼は心を偽られて苦しんでいる。私では彼を止める事は出来なかった』

(助けたいんです)

『貴女なら出来るわ。無力な私と違って、貴女は現在(いま)を生きているのだから』

 次第に声にはノイズがまざり遠ざかっていく。

『気をつけて、この先は霧が濃い……私は……介入することが、出来ないわ』

 声が消えるとカルミアは洞窟のような場所に立っていた。
 広い空間の奥には巨大な扉が見える。そこから溢れ出す邪悪な力は黒い霧として漂い、竜の形を得た者たちはカルミアを排除すべき敵とみなしている。
 けれどカルミアはその人の姿を認めた瞬間、わき上がる喜びに笑顔を浮かべていた。

「会いに来ました、リシャールさん。一緒に帰りましょう」

「何故? 私は学園を去るように告げたはずですが」

 冷酷なまでに言い放つリシャールは背後の扉を守るように立ちはだかる。
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