悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
(まずはこの人をなんとかしないとね。私のレベル、大丈夫かな……)

 もちろん普通に生きていく上でレベルなどという概念は存在しない。それでも甦るのはゲームでレベルが足りず、ラスボスリシャールに叩きのめされた苦い記憶である。

(私が負けたらどうなるか? それはまあ、いつかは主人公が何とかしてくれるんじゃない? ただし状況はこれより悪くなっているから、ここにたどり着くまでが大変ね。まずロクサーヌは竜の蔓延した国になって、人々は竜に怯えながら暮らすことになるでしょうね)

 たちまちバッドエンドの完成である。
 そうはさせまいとカルミアは平和的に会話から試みた。

「あのですね、いきなり解雇されても困るんです。学食はただでさえ人手不足なんですから、最低三カ月は前に言ってもらわないと」

 不安を隠し、軽口を叩く。

(笑ってやる。私は憎しみに引きずられたりしない)

 焦りや不安、負の感情を抱けば相手のペースに引きずられてしまう。

「知ったことではありません。立ち去らないと言うのなら力ずくで従わせるまてです」

「どうぞご自由に。もちろん私も反撃させていただきます」

 カルミアの掌で魔法が生まれる。
 リシャールもまた、静かに攻撃の体制を整えていた。

 同時に放たれた魔法は二人の間で衝突し、相殺される。

(よ、良かった! 私、そこまでリシャールさんとレベルが離れているわけじゃないみたいね!)

 この世界には個々の力量が数値化されるというシステムはないが、レベルが足りていなければ最初の攻撃ですべては終わっていただろう。
 次いでリシャールの手から放たれた暴風がカルミアに向けられた。黒い靄を巻き込み、嵐のように迫り来る。
 しかしカルミアは真正面から挑んだ。

「風を操るなら私も得意なんですよ!」

 嵐の海でも進み続けるラクレット家の船を操っていたのはカルミアだ。リシャールの風を巻き込み、自分の力としてしまう。
 しかしカルミアの敵はリシャールだけではない。竜たちにとってリシャールは仲間ではあるが、カルミアは明確な敵だ。油断すれば牙と爪の餌食になるだろう。竜に意思はないが、強い敵意が向けられていることを感じる。

「邪魔よ!」

 ベルネのように風で薙ぎ払い、攻撃魔法をぶつけるが、向こうの手数が尽きることはない。
 竜を退けたところでリシャールが待ち構えているから厄介だ。
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