悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
(霧のせいで視界が悪い中、竜とリシャールさんに気を配りながら扉を閉める。難しいけど、やるしかないわね)

 幸いこの空間に強度があることはゲームで証明されている。カルミアは遠慮することなく実力のすべてをぶつけることが出来た。
 リシャールが放つ炎を水で相殺し、得意の水魔法で竜たちを水球に閉じ込める。

「水って便利ですよね。簡単には出られませんよ」

「面白い魔法の使い方ですね」

 このリシャールに言われると皮肉のようだ。初めて出会った日にはリシャールもそばで見ていたはずなのに、彼は忘れてしまったのだろうか。
 
「リシャールさん、帰りましょう!」

 たまらずカルミアは叫んでいた。

「何を言うかと思えば」

 馬鹿馬鹿しいと一蹴される。しかしカルミアは諦めずに声を掛け続けた。

「言いましたよね。私はリシャールさんを迎えに来たんです。ここから出る時はリシャールさんと一緒ですよ。私、もっと美味しい物を作れるように、頑張りますから、だから……」

 船での出会い、学園で過ごした時を思えば泣きたくなる。

「船で出会って、みんなでカレーを食べましたよね。それから学食で働くことになって、リシャールさんは私の料理が食べたいなんて無茶を言うんです。ベルネさんと料理対決をすることになって、一緒に夜空を眺めたこともありましたね」

 幻のように消えてしまった日々を取り戻したい。
 リシャールが忘れてしまったのなら、二人の時間を覚えているのはカルミアだけだ。

「でも私、最初はリシャールさんのことが苦手でした。いつも仕事を急かされているみたいで、それなのによく会うし、居心地が悪かったんです。でも今は、リシャールさんがいないと……寂しいです」

 もう一度、あの笑顔に会いたい。穏やかな微笑みが見たい。そんな他愛のない願いばかりが生まれていく。悪役令嬢もラスボスも、ゲームなんて関係ない。自分はこのリシャールが好きなのだから。
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