悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
「お恥ずかしい話ですが、経緯はともあれ概ねその通りです。最初から目指していたわけではないのですが、なりゆきで。運命が違っていれば船乗りになっていた可能性だってありますよ」

「船乗りは……ちょっと、想像出来ないですね」

「そうでしょうか? 実はこれでも後悔しているのです。校長ではなくラクレット家に雇ってもらえばよかったと」

「うちですか?」

「カルミアさんと年月をともにしていたみなさんが羨ましかったもので」

 何気なく訊き返してみたところ、とんでもない衝撃を与えられたカルミアである。

「ですから港でラクレット家の船を見つけた時は運命を感じたのです。彼女の手掛かりがあればと、嘘を吐いてまで乗り込んだのですが、まさか空から本人が降ってくるとは思いませんでした」

「そ、それはっ!」

 リシャールは穏やかに笑ってみせるが、その原因であるカルミアとしては恥ずかしいだけだ。

「一目見て、あの時の少女だとわかりました。ですが名乗り出たところで彼女は私のことなど覚えてはいない。困らせてしまうだけだと思いました。それなのに貴女という人は……」

 リシャールは呆れたように手で顔を覆う。
 なんとなくリシャールの言いたいことを察したカルミアまで熱くなった頬に手を当てていた。

(わ、私、本人を目の前にしてあれを語っていたのよね!?)

「カルミアさんがあの時のことを憶えていると知って、どれほど嬉しかったことでしょう」

 リシャールは本当に嬉しそうに話してくれる。
 では何故、もっと早くに名乗り出てくれなかったのか。そんな疑問が浮かんでしまう。

「どうしてあの時、自分だと言ってくれなかったんですか?」

「言えるはずがありません。過去の私は無断で船に忍び込むような後ろ暗い人間です。未遂とはいえ幼いカルミアさんを手にかけようとした。そんな人間が突然現れて名乗りを上げたところで気持ちのいい話ではないでしょう。ただ会うだけで、私の姿を見てもらえるだけでも幸せでした」

 しかしとリシャールは目を伏せる。まるで計算違いが起ったと言わんばかりだ。
< 193 / 204 >

この作品をシェア

pagetop