悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
「それなのにカルミアさんはいつも私の心を乱すのです。昔のことを憶えていると、カルミアさんも私と同じようにあの日の人物を探していると知った時、欲が生まれてしまった。離れたくないと、嘘を重ねることでカルミアさんを学園へ招いていたのです」

 初めは自分の姿を見てほしいという小さな願いからだった。
 しかし船でカルミアと過ごすうち、その姿から目が離せなくなっていた。

 初めはただの感謝だったはずだ。それは恩師に対する感情に似ている。
 しかし想いは形を変え、自分の道を歩み続けるカルミアに憧れ、尊敬するようになっていた。
 名前も知らない少女ではなく、カルミアという人間がリシャールの興味を引いて止まないのだ。

 学園にまで連れ帰っていたのはカルミアとの繋がりを求めてのことである。
 密偵という秘密を共有しながら学園で過ごすうち、リシャールはカルミアに惹かれるばかりだった。

 名前も知らなかった少女はいつしかリシャールにとって大切な、一人の女性となっていたのだ。

「まさかカルミアさんが覚えていて下さるとは思いませんでした。それを知った時、貴女のことを愛しく感じたのです」

(い、愛しく? い、今、愛しいって言った!?)

 目まぐるしいほどに続く驚愕の連続にカルミアは疲弊していた。しかし胸に手を当ててみればそのどれもが嫌ではないのだ。

(騙されていたと知ったら普通は怒ってもよさそうなのにね)

 それよりも嘘で良かったと、リシャールと学園が無事であることの方が嬉しいのだ。
 聞きたいことはたくさんあるが、カルミアもまたリシャールに伝えたいことがある。

「私も、忘れた事なんてありませんでした」

「カルミアさん?」

「船で言いましたよね。私もあの時の子に、もう一度料理を食べてほしかったんです。会いたかった。私は成長したよって、知ってほしかったんです。私たち、同じだったんですね」

 お互いに抱いていた気持ちを知った二人は小さく笑い合う。

「そのようですね」

 こんな偶然があっていいのか。そう思いかけたが、これは偶然ではない。

(これは偶然じゃない。リシャールさんが引き寄せてくれた運命よ)

 リシャールが再会を望んでくれたからこそ、想いを遂げることが出来たのだ。
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