悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
 かけがえのない奇跡を前に幸せにを感じていたカルミアだが、いつしかリシャールの視線は別のところへ向いていた。

「ところで、自惚れでなければそちらは私のために作って下さったのでしょうか?」

 コンロに乗せっぱなしになっていた鍋を指してリシャールが言う。

「はい、お粥を作ってみたんです。ありあわせですから、あまり豪華なものではありませんけど、起きた時に食べることが出来たらと思って」

「ありがとうございます。実は、これまで私は食べることは最低限に、栄養食を必要に応じて摂取するのみだったのですが、カルミアさんの料理を食べさせていただいてからというもの、虜になってしまいました」

 カルミアは信じられないとリシャールを見つめ返す。カルミアが目にするリシャールはいつも美味しそうに食事をしていたのだ。
 もしもという可能性が浮かび、カルミアは問いかけていた。

「私、無理をさせていましたか?」

 またやってしまったのだろうか。ベルネにはあれだけ豪語しておきながら、自分も食べることを強制していたのだろうか。
 しかしカルミアの不安を感じ取ったリシャールは慌てて訂正する。

「違います! カルミアさんの料理は本当に美味しかった。また食べたいと、心の底から強く望むものでした。昔も今も変わらずに、私の心を惹き付けてやまないのです」

 リシャールの言葉はカルミアにとって泣きたくなるほどの喜びを与える。けれど涙は似合わない、カルミアは笑顔で向き合った。

「ではさっそく……」

「それはだめです!」

「はい?」

 まさか断られるとは思ってもみなかったリシャールは唖然とし、カルミアの表情を窺った。どうやら怒っているというわけではなさそうだ。

「待って下さい、ちょっとそれは、あの、心の準備が!」

「心の準備?」

「リシャールさんがいけないんですよ! リシャールさんがあの人だって知って、急に……今までは平気だったんです。でも、せっかくなこんな、急いで作ったものじゃなくて、ちゃんとしたものを食べてほしいという気持ちがあると言いますか……少し時間を下さい。作り直してきます!」
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