悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
 急いで調理にかかろうとしたカルミアだが、リシャールに手を掴まれたことで逃げ場はなくなった。中途半端に立ち尽くしたまま、情けない声を上げてしまう。

「な、なんですか!?」

「作り直す必要などありません。私はあれが食べたいのです。カルミアさんが私のために作って下さったものは、あますことなく堪能したい」

 うっとりと告げられたカルミアはすかさず思った。

「重くないですか!?」

 カルミアの料理へ向けられている感情が重すぎる。
 しかしリシャールはしれっと答えるのだ。

「おそらく重ねた年月の分、愛が重いのでしょう」

「あ、愛って……そんな、何度も言わないで下さい!」

「いいえ、何度でも言わせて下さい。危うく伝え損ねる所でしたから」

 触れていた手に力が籠められる。もう逃がさないと言われているようで、リシャールなりに黙って学園を去ったことを根に持っているのかもしれない。

「あ、あれは……」

 けれどカルミアにはカルミアなりの理由があったのだ。カルミアは隠していたはずの心を伝えようとした。

「リシャールさんの顔をみたら決心が鈍ると思ったんです。私はラクレット家の娘。それなのに学園に残りたいなんて、身勝手なことを言い出しそうになる自分を否定していました」

 期間限定のはずだった。ラクレット家の利益になるからと引き受けたはずだった。
 それなのに、心のどこかではここに残りたいと願う自分がいる。そんな自分に驚かされ、必死に押し隠していた。けれどリシャールの眼差しの前ではもう隠しておくことは出来そうにない。

「父も、リデロたちだって、こんな私の願いを知ったら呆れてしまう……」

 いつだってラクレット家の人間として胸を張っていたかった。それが道に迷うなんてらしくない。カルミアは不甲斐なさに俯いていた。
 そんなカルミアにリシャールは優しく声を掛ける。

「心配は無用です。お父様は許して下さっていますよ」

「そうですよね、父も……許すってなんですか!?」

 あまりにも自然と父という単語を出されたため、あやうく素通りするところである。
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