悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
「少しで良いですから、ね?」

 首を傾げて下から見上げてくるのは狡い。年上の男性でありながら、弱っているような仕草は卑怯だ。助けてあげなければという良心が刺激されている。カルミアは恨めしい思いでリシャールのお願い攻撃を受けていた。
 とどめのように憂い顔のリシャールは困ったように語り出す。

「これでも空腹なのですよ。最近はカルミアさんの料理ばかり食べていたので、すっかり食事が恋しくなってしまいました」

 さらに身を乗り出したリシャールが上目使いに迫るのだ。それもカルミアの腕を取り、逃げることを許しはしない。彼はこんなにも狡い大人だったか。

「わ、わかりました。わかりましたから! まずは手を放しましょう。スプーンを渡しますから!」

 話はわかった。だからまずはお互い冷静になろうと提案するも、カルミアの意見が聞き届けれられることはない。

「それが、まだ手が上手く動かないのです」

 ならばこの押してと引いてもびくともしない拘束はなんだ。

「さっきからからとても病人とは思えない力で私の腕を抑えていませんか!?」

「愛しい人を前にしたからではないでしょうか。つまりこの力はカルミアさん専用ということになりますので、スプーン相手には難しいようなのです」

 もはやリシャールは悪びれも隠しもしない。だからといって無下にも出来ないのは、空腹という話は真実かもしれないからだ。本当に体調が悪いのだとしたら突き放すことも出来ない。

「わ、わかりました!」

 叫ぶように了承すると、リシャールの拘束は容易く離れていった。なんて切り替えの速さだろう。
 少量をスプーンに掬い、軽く冷ましてから口元へと運ぶと、リシャールは満面の笑みで待ち構えていた。どこにそんな笑顔を隠し持っていたのか、これまで見たこともないような明るさだ。

「いただきます」

 礼儀正しいことは素晴らしいが、今回は妙に意識をさせられてしまう。いっそ一思いにいってほしかった。たった一口の食事がやけに長く感じてしまう。

「ああ、美味しいですね」

 急いで作った簡単なお粥だ。具も少ない。それでもリシャールは心から美味しいと言ってくれた。
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