悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
 そう言ってリシャールは穏やかに微笑んでくれる。まるで背中を押されているようだった。

(リシャールさん、信じてくれたの……?)

 かつてのリデロのように軽んじることなく真剣に話を聞いてくれた。不審がらずに受け止めてくれたのはリシャールが初めてだ。みんなが夢だったのではないかと受け流し、誰も信じてはくれなかったのに。

(リシャールさんて、不思議な人ね)

 和やかに進められていた昼食だが、そろそろ終了というところで異変が起きる。
 カルミアは食器を片付けようと席を立つが、前触れもなく大きく揺れた船に身体が傾く。

「危ない!」

 そんなカルミアを案じていち早く支えたのはリシャールだ。

「あ、ありがとうございます」

 見た目はおっとりとしているが、身のこなしは素早いものだった。先ほどまで席に着いていたはずが、一瞬でカルミアのそばに寄り添っていたのだ。

「大丈夫ですか? 一体、何が」

 見上げた先にリシャールの顔がある。そして存外しっかりとした体格をしていると、場違いなことを考えてしまう距離の近さだ。
 カルミアを気遣いながらもリシャールは周囲を警戒していた。多少のことで動じないのは魔法学園の校長としてさすがだと感じさせる。

「船長、襲撃だ!」

 外から聞こえた怒鳴り声にカルミアは自らの足で立つ。リシャールの腕から抜け出すと、先ほどまでのか弱さから一転、頼もしい微笑みを浮かべた。

「私の船に喧嘩を売るなんて、度胸だけは褒めてあげる。けど、食事の時間を邪魔するなんて許しがたいわね」

 カルミアたちは食べ終えてるが、まだ食事中の船員も多い。それに鍋にはカレーが残っているのだ。衝撃で転倒しようものならリデロが泣いてしまうかもしれない。大事そうに抱える皿には追加でよそったばかりのカレーが残っている。

「おーいみんなー、お嬢がやる気だそー。急いでメシ食っちまえー!」

 奇襲されているというのに落ち着いた行動である。リデロの指示に従い、慌ててカレーをかきこんでいる者もいた。
 ただ一人、リシャールだけが唖然として確認する。

「なんだか、みなさん慣れていらっしゃいます?」

「こういった船は狙われやすいので、実は……貴重な品を積んでいることも多いので。ですがご安心下さい。無事に目的地までお届けすると約束した通りです」
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