悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
密偵になりました
 襲撃事件はものの数分で片付けられ、海は静穏を取り戻す。海賊船は後方を担当する船員に見張らせ、カルミアはリシャールと甲板を歩いていた。
 船員たちは気を利かせたのか二人から距離を取り、遠巻きに見守っている。おかげで賑やかな船だというのに波音がやけに大きく聞こえた。
 あと数時間もすればロクサーヌに到着するだろう。そんな時だった。最後に二人だけの時間がほしいとリシャールからお願いをされたのは。

 戸惑いながらも了承したカルミアだが、リシャールの意図が読めずに困惑していた。意味もなく海を眺めてはリシャールの様子を窺い、落ち着かないばかりだ。そんなリシャールの眼差しは、遠くに見え始めたロクサーヌに向いている。

「お強いんですね」

 一拍置いてから、カルミアは自分が褒められていることに気付く。

「カルミアさん。貴女はご自分がどれほど優れた魔法の使い手か、自覚がないようですね」

 カルミアの実力を才能の一言で片付けようとしないのは教育者ゆえなのだろう。そんな姿に好感が持てる。
 確かに才能はあったのかもしれない。けれどここまで使いこなせたのは努力の結果だと、リシャールはそこまで自分を認めてくれた。

「リデロさんのおっしゃる通り、アレクシーネにも貴女ほどの魔女はおりません」

 彼がアレクシーネの校長だからだろうか。リャールから褒められると妙に誇らしかった。

「やはりこのまま別れるのは惜しい」

「え?」

 聞き間違いだろうか。カルミアはそうでなければいいと思った自分に驚いていた。
 ささやかな船旅はじきに終わる。別れを惜しむほど、カルミアにとってリシャールとの航海は素晴らしいものだったらしい。
 リシャールは船にいる誰とも違うタイプの、大人の男性だった。知的で優しく、女性に対する気遣いが出来る。紳士的な人だ。そんなところに惹かれていたのかもしれない。
 きっとリシャールも別れを惜しんでくれている。そのことを嬉しいと感じるほど、自分はリシャールに好感を持っているのだ。

「カルミアさん。貴女に大切な話があります」

(た、大切な話!?)

 カルミアに向けられた眼差しは真剣で、声を発することを躊躇わせた。
 
 余談ではあるが、カルミアは苛烈な見た目、振る舞いに反して純粋だった。
 たとえば巷で流行りの恋愛小説に入れ込み、徹夜で読みふけるような。
< 29 / 204 >

この作品をシェア

pagetop