悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
 そういうロシュの声も弾んでいる。この学園で最も有名な魔法使いであり、多くの魔法使いたちから尊敬される地位を鑑みれば来店だけではしゃぐのも無理はない。
 けれどカルミアはみんなと同じように尊敬してばかりもいられない。少しばかり特殊な関係性が緊張を促す相手だ。

「まあその、こうして毎日通ってくれるとね……」

「今日は日替わりプレートだそうですよ」

 カルミアが働き始めてから、毎日同じ時間に訪れては違うものを注文していく。これはもう立派な常連といえるだろう。彼のためにもメニューにアレンジを加えなければとカルミアが奮闘する理由の一端でもある。

「落ち着いたならロシュは休憩をとって。疲れているでしょう? 会計も私に任せていいわよ」

「やった! 僕、優しいカルミアさん大好きです!」

 満面の笑みで答えるロシュはベルネとの対比がすさまじい。まるで動物に懐かれているような気分になるが、カルミアは冷静に答えた。

「そういうことはこれから出会う予定の可愛い女の子に伝えてあげなさい」

「これから出会う人?」

 心当たりも、その予定もないロシュは不思議そうな顔をする。けれどカルミアは知っていた。

(あと一月、いいえ。あと数日もしたら会えるわよ)
 
 呟きは胸の内にだけ秘めておく。カルミアは振り返らずに料理を運んだ。

 学生たちの昼休みが終わるまであと十分。
 フロアに戻ると賑わいを見せていたテーブルにも空席が目立ち始める。学生たちは次の授業に備えて移動しなければならない時間だ。

 ゆったりとした空気を好むのか、その人は決まって昼のピークを過ぎてから訪れる。日当たりの良い席を好んで座り、差し込む明かりで本を読みながら料理の完成を待っていることが多い。
 おそらく今日も推測通りの場所にいるだろう。そう思って姿を探せば、すぐに見つけることが出来た。

 まるでそこだけが別世界のように穏やかな空気を放っている。
 長く伸ばした髪は銀色で、光の加減もありキラキラと輝いて見えた。
 知的な眼差しは熱心に本へと注がれ、緩やかに耳に掛ける仕草すら絵になる。それは声を掛けることさえ躊躇うほど神秘的な光景だった。ここが学食でなければ。
 するとカルミアの視線に気付いたのか、顔を上げるとにっこり微笑まれてしまった。それは穏やかな気性の人物が浮かべる優しそうなものだ。
 しかしカルミアは後悔していた。
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