悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
 そして現実のリシャールは先ほどから変わらずカルミアの身を案じてくれる。

「カルミアさん? 頭、痛みますか?」

「……えっと?」

「随分と派手にぶつけていたようですから。ほら、ここ……」

 リシャールの手を見守っていたカルミアだが、生え際のあたりをなぞられると身体は痛みに震えた。

「ああ、腫れていますね」

(もしかしてさっきから止まない頭の痛みってたんこぶ!?)

 前世を思い出したあれこれではなく純粋な打撲。まさかの物理とは驚きだ。それはじんじんと痛むだろう。

「もしかしなくても私、リシャールさんにとんでもなくご迷惑をかけしましたよね….」

「安心して下さい。迷惑などと思ってはおりません。それに、カルミアさんを部屋に運んだのは私ですが、最初に貴女を助けようと駆け寄ったのは別の生徒なのです。ここまで貴女の荷物を運んでくれたのも彼ですよ」

「申し訳ありません……」

 どうやらカルミアが被害を及ぼした人物は二人もいるらしい。
 しかもそのうちの一人はラスボスだ。正体が冷酷なラスボスであると認識したとたん、人の良い笑みも柔らかな返答にも裏があるのではと思えてくる。

「本当に私は迷惑などとは感じていません。おそらく彼も同じでしょうね。貴女のことが心配だと言っていましたから、後ほど顔を出すそうですよ。お礼はその時にでも伝えておくといいでしょう」

「はい……」

 カルミアは消え入りそうな声で頷いた。いっそこのままベッドにめり込みたいが、これから仕事が待っている。

「健康な方だと思っていましたが、すみません。勝手に誤解をしていたようです。どこか調子が悪かったのですか? もし辛いようでしたらしばらく休まれても」

「大丈夫です! これは陸の感覚が久しぶりで、少し酔ってしまっただけだと思います。陸酔いです」

「陸酔い?」

「もう治りましたので、勤務に支障はありません」

「ですが何かあっては……」

 リシャールは渋るが、カルミアには引き下がれない理由が出来てしまった。

(どうすれば未来が回避出来るかわからない。そもそも今はいつなの?)

 おそらくすべての答えはここにある。

(こっちはロクサーヌの未来に、家族と従業員の生活がかってるんだから! 没落なんて阻止よ阻止! ここで逃げ出すなんてカルミア・ラクレットの名が許さないわ!)
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