悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
「ベルネさーん! 新しい人、来ましたよー!」

 厨房に入るなりロシュは元気に声を上げるが返答はない。けれどこっちですと手招きされた先には初老の女性がいて、のんびりとお茶を啜っていた。
 手にしているのはティーカップではなく、持ち手のついていない陶器だ。前世風に言うのなら湯呑だろう。それを両手で包み、傾けて飲んでいる。
 カルミアと同じ制服を着ているが、こちらはデザイン違いで長袖となっている。だがベルネという女性にはこのデザインの方がしっくりくる気がした。

「ベルネさん、こちら新しく入ったカルミアさんですよ」

 ロシュの言葉は綺麗に無視された。
 聞こえなかったのだろうか。カルミアはもう一度、今度は自ら挨拶をすることにした。

「カルミア・フェリーネです。よろしくお願いします」

 カルミアが名乗ればベルネが僅かに視線を寄越す。皺の刻まれた目が僅かに見開かれ、湯呑を持つ手も止まっていた。

「あんた……名は?」

(名乗ったばかりよね!?)

 しかしカルミアはめげずにもう一度答える。

「カルミアです。カルミア・フェリーネ!」

 いささか強調して告げると、じっと見つめ返された。睨まれたとも言えるほどきつい眼差しは、何かを探ろうとしているようにも感じる。

「本当かい?」

 カルミアは頷く。偽名を名乗ることには抵抗もあるが、これも密偵生活のためだ。
 その名を聞いてベルネは目に見えて落胆していた。興味が失せたとでも言いたげに、あからさまなため息を吐いていく。

「なんだい。ただの小娘か」

「は?」
 
 ピクリとカルミアの口元が引きつる。

「なんでもないよ。知ってる奴に似ていただけさ。少しだけどね」

 もう一度、ベルネがカルミアを顧みることはない。どうやらよほど落胆しているようだ。
 ところがロシュは信じられない物を目にしたように興奮している。
 カルミアが困惑していると、小声で呼びかけられた。

「カルミアさん、カルミアさん! ベルネさんが誰かに興味を持つのって、すっごく珍しいことなんですよ。僕が知ってる限りでは初めてかも!」

「それは……喜べばいいのか、私には判断が難しいわね」

 それ以降マイペースに茶を啜っていたベルネだが、飲み終えるとカルミアへの不満を口にする。
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