悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
 オープンから一時間が経過。
 未だ客は一人として訪れていない。
 その間、カルミアは何度時計を確認しただろう。カルミアの焦りを感じ取ったのか、ロシュが励ましてくれる。

「えっと、今日は……ちょーっと暇な日、みたいですね」

 健気なフォローが逆に心に刺さる。
 このままじっとしていては余計なことばかり考えてしまうと、カルミアは身体を動かすことにした。

「ねえ、ロシュ。臨機応変にと言われたし、ここは任せてもいい?」

「いいですけど、どうするんですか?」

「私、厨房の方を手伝ってくるわ」

 仕事がないのなら探せばいい。
 カルミアが厨房に顔を出すと、ベルネは露骨に嫌な顔をした。

「何しに来たんだい小娘」

「じっとしているのは落ち着かないので、掃除でもしようかと」

 カルミアは作業台に残された鍋を磨き始めた。

「勝手におし」

 カルミアは言葉通り勝手にさせてもらうことにする。じっとしているのは性に合わないのだ。
 カルミアが洗い物を終えると今度はロシュが顔を出す。フロアの方でも何か動きがあったようだ。

「お一人様ご来店なので水を頂きますね。あ、でも、いつもドリンク注文だけの方なんで、お二人はそのままで大丈夫ですよ!」

「そうなの……」

 浮上しかけた気持ちが再び沈む。
 ロシュが慣れた手つきで水を運んで行くと、カルミアもフロアの隅から顔を覗かせた。
 ロシュの言う通り、女生徒が一人すみの席に座って本を読んでいる。いらっしゃいませと感謝を告げたいが、熱心に読書をする姿はとても声をかけられるものではなかった。人を寄せ付けない空気を放っているので、そっと身を引く。
 すると物陰にやって来たロシュは小声で話しかけてくる。

「カルミアさん、カルミアさん! ベルネさんのこと、怖くないんですか?」

「怖い? 特にそう感じたことはないけれど」

 カルミアは時に自分に反発する人間を力で認めさせてきた。船での生活はカルミアを逞しい女性へと育て上げている。今更一人の女性に怯えてはいられない。

「カルミアさん凄い……」
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