悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
(そう簡単にやられるものですか!)

 カルミアは虫でも払うかのように片手で差し向けられた力を無効化していた。

「どうしたんですか?」

「蚊がいたみたい」

 確かな手応えがあった。収束していた力の束はほどけ、霧散していく。
 カルミアは勢いよく立ち上がり魔法の痕跡を辿る。
 ロシュには涼しい顔でなんでもないと答えながら意識を集中させ、力が集まる場所を特定した。

(厨房!?)

 カルミアは厨房へと駆け込むが、そこにいるのはもちろんベルネ一人だ。彼女は変わらずお茶を啜っている。相変わらずカルミアのことなど視界には入っていないようだ。
 しかしカルミアは確信していた。

「ベルネさん。何をしたんですか?」

 するとベルネは無言で立ち上がり、顎でついてこいと示す。
 厨房からは外に出られるようで、学食裏でカルミアはベルネと対峙することになった。

「どういうつもりですか?」

 わざわざ呼び出すとなれば、自分が関係していると認めたようなものだ。いつでも対抗出来るよう、カルミアは警戒態勢を取っている。

「小娘、ここにはあたししかいない。今度こそ正直に答えるんだね。あんた、あいつの血を引いてるね」

 カルミアも二度は嘘をつかなかった。

「カルミア・ラクレットです。これで満足ですか? 事情があったとはいえ嘘を吐いたことは謝りますが、先ほどの攻撃はどういった理由があってのことでしょう」

 その名を聞いたベルネはやはりと納得する。これがベルネの聞きたかった、正しい答えなのだろう。

「どうりで、懐かしいはずだ」

「私に魔法を行使しようとしましたね」

 ベルネは悪びれることなく罪を認めた。

「ああそうさ。あんたのそばまで手を伸ばした。背でも押して驚かせてやろうと思ってね。そうしたら懐かしい気配がしたもんでね。あんた反撃しようとしただろう」

「危険が迫れば身を守るのは当然です」

「さすがはあいつの血筋か……」

(この人、いったい何者?)

 カルミアの心を読んだかのように、ベルネは不敵に笑った。

「あたしは英雄に力を貸した精霊の一人さ」

「はあ、精霊で……精霊!?」

 カルミアは英雄譚の一説を思い出していた。
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