悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
「そうはいきません。ベルネさん、私と勝負して下さい」

「勝負だって?」

 ベルネはいかにも興味がなさそうに呟いた。

(ダメね。ベルネさんにはやる気が感じられない。このままだと断られてしまうわ……)

 しかしカルミアにはこんな時のための秘策があった。

 束ねていた髪を解き、優雅に背中へと払う。
 手の甲を口元に近づけ、見せつけるように口角を上げる。
 そして視線は相手を見下すように。

(力を貸して。悪役令嬢カルミアの顔!)

 今こそこの顔を利用する時である。

「あら、私に負けるのが怖いのかしら」

「なんだって?」

 カルミア渾身の挑発は見事にベルネを釣り上げた。
 プライドが高いとは思っていたが、予想通りの反応をもらえたことでほっとする。

(私が喧嘩を売る相手は校門前の主人公だったはずなのに、どうして私は学食でおばあさん相手に喧嘩を売っているのかしら……)

 だが後には引けない。ここから煽りまくって勝負の約束を取り付ける!

「聞えませんでした? 貴女には負けないと言っているのですわ。オーッホッホッホッ!」

(高笑いって、こんな感じでいいの……?)

 なにしろ人生初の高笑いである。こんなことなら練習しておけばよかったと思うが、日常生活でまさか使うことになるとは想定していなかった。
 ここで主人公は落ち込んだり、己の未熟さを自覚するのだが。相手はベルネ、太古の精霊はしっかり喧嘩越しで応えてくれた。

「小娘……あいつの子孫だから調子に乗るのはよしな。あいつは確かに国を救った英雄だ。けどあんたは、ただの無謀な小娘にすぎない」

(そうね。偉大なご先祖様に比べたら私はただの人間。でもここで引き下がるような、やわな子孫じゃないわ!)

「お言葉ですが、人は結果を残したからこそ英雄と呼ばれるのです。私がこの戦いでそれを証明してみせますわ」

(私は精霊に屈したりしない。対価をいただいている以上、敬意を払うべきはお客様。私はここで働くように命じられたんだから、たとえ密偵だろうと働く以上は最善を尽くす。精霊に怯えている場合じゃないのよ!)

「……いいだろう。その勝負乗ってやる」
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