悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
 振り返るとリシャールが佇んでいる。カルミアをこの生活に引き込んだ元凶が。

「このような時間にお一人で、どうかされましたか?」

「私は買い出しです。リシャールさんこそ、今お帰りですか? 随分遅いんですね」

「私は仕事が立て込んでいたものですから」

 確かに仕事帰りと答えるリシャールはどことなく疲れて見える。

(仕事帰りって……もう誰も残っていないと思ったのに、リシャールさんはこんなに遅くまで働いているのね)

 感心しているとリシャールは自らの上着を脱ぎカルミアに羽織らせた。

「リシャールさん!?」

 あまりにもスマートな動作だったため、カルミアはつい最後まで一連の流れを見守ってしまった。

「海ほどではないかもしれませんが、ここも冷えますから。風邪をひかないよう、気を付けて下さいね」

 勤務初日から倒れたせいで過度な心配を与えたことを申し訳なく思う。とんだ病弱設定を与えてしまったものだ。

「走れば大丈夫ですから!」

「ですが、その荷物では走るわけにもいかないでしょう。風邪をひかれては困りますし、帰る場所は同じです。よければ寮まで使って下さい」

(そ、そうよね。密偵に風邪をひかれたら困るわよね。リシャールさんの言い分は正しいわ。前科がある分、気をつけないといけないのは私よね)

 リシャールのもっともな言い分にカルミアは考えを改めさせられる。そもそも両手で荷物を抱えているせいで、返したくても返せない状況にあった。

「ところで買い物の件ですが、何か生活に足りないものでもありましたか?」

「違うんです! リシャールさんが用意してくれた部屋は完璧です! ただ、保冷庫の中が空だったことを思い出して。明日までに必要な物もありましたから、急いで調達してきました。あの、もちろん夕方までは仕事に励んでいたんですよ!」

 密偵のと、カルミアは声を潜めて告げる。

「本当にカルミアさんは仕事熱心で頼もしいですね。明日の準備も万端、といったところでしょうか。そちらも手伝いますよ」
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