悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
 並んで歩きだそうとしたところでカルミアは手にしていたかごを奪われる。こちらも無駄のない動きで、気付いた時には手から荷物が消えていた。

「リシャールさん!? それ重いんですよ、返してください!」

「女性に重たいものを持たせてはおけません」

「私こそ雇い主に重たいものを持たせておけません」

「つまり、カルミアさんは重いと感じているのですね。それでしたらなおのこと、私に持たせて下さい。私は重いと感じるほどではありません。それにカルミアさんがここで働いているのは私の責任です。ということはこの荷物も私のせい、ということになりますよね」

(確かに突き詰めると元凶はリシャールさんなんですけど!)

 だからといって、はいそうですと頷けるわけがない。かごの中身はカルミアが個人的に調達したものばかりだ。
 迷うカルミアにリシャールは優しく止めを刺す。

「ここは私の顔を立ててはいただけませんか。ね?」

 ここまで言われては断るのも失礼だろう。カルミアは大人しく、寮まで荷物を届けてもらうことにする。
 そのためにも歩き出せば、話題は明日の料理対決へと移った。

「明日の対決については、部下が材料を届けてくれますので問題ありません。それよりも、着任早々、問題を起こして申し訳ありませんでした! リシャールさんにもご迷惑をお掛けして」

「とんでもない。面白いことになったと思っているくらいですよ」

 どうしてだろう。リシャールは笑顔を浮かべているし、カルミアを責めているわけでもない。それなのに嫌味に聞こえるから不思議だ。

(確かに密偵として潜入させたはずが、初日から問題を起こして仕事仲間と対立。料理対決をするとかわけのわからないことを言い出したら嫌味の一つも言いたくなるわよね! わかったわよ。甘んじて受けるわよっ! でも廃止寸前の学食に派遣する方にも問題はあると思わない!?)

 カルミアの猛烈な抗議にリシャールはけろりとして訊ねた。実際はすべて心の声なので届くはずもないのだが……。

「ところで初日の勤務を終えたわけですが、仕事の進捗はどうなっていますか?」

(ほら来たー!)

 絶対に聞かれると警戒していただけに、ついに来たかと身構える。
 カルミアは強く拳を握り、屈辱に耐えながら答えた。

「お役に立てるほどのことは、まだ何も……」
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