悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
(悔しい。悔しいっ! 私が、この私が! 仕事が遅いと思われるなんて!!)

 ラクレット家としてのカルミアの仕事は迅速かつ丁寧と評判だ。それがこの有様である。
 しかしリシャールは特に気にすることもなく、そうですかと頷くだけだった。さすがにリシャールも都合よく犯人が見つかるとは思わないのだろう。敵は彼ですら尻尾を掴むのに苦労する相手だ。

(敵は狡猾な人間なのね。慎重に計画を進め、巧妙に立ち回っているに違いないわ。私も慎重に探りを入れないとね)

 決意を新たにしたカルミアだが、リシャールからの質問は予想外のものだった。

「それにしても、随分と熱心に空を見上げていたようですが、空に何か?」

「あれです」

 カルミアがもう一度空を見上げると、リシャールはその視線を追いかける。自然と足は止まり、夜の静けさだけが残った。

「月を見ていたんです。あと、王都の明るさに驚かされていました」

「なるほど、確かにそうですね。私も先日王都を離れたばかりですから、やはり久しぶりに戻ると眩いほどの明るさですね」

「はい。夜の海はもっと暗くて、数えきれないほどの星が見えました。辺りには何もなくて、波音だけが聞こえるんです。風は冷たくて、そうですね。この格好だとちょっと寒いかもしれません。でも家族の温かさがいつもそばにありました。物心ついた時から船に揺られていたので、今はなんだか不思議な気分で……」

 言葉にしたことでカルミアはどうしてこんなにも月を恋しく思うのか、その理由に気付いてしまった。
 船の上との違いを探し、その度に落胆していたのは……。
 とても情けない理由だ。だからこそ自分では意識しないように目を反らしていたのかもしれない。
 しかしリシャールはカルミアの心を正確に言い当てる。

「寂しいのですか?」

「――っ!」

 自分でも自覚したばかりだというのに、どうしてリシャールにはわかってしまうのだろう。それはカルミアが最後まで言葉にすることが出来なかった想いだ。

(船での生活が恋しいなんて子どもみたいじゃない。私はもう立派な大人なんだから!)

 核心に触れられたカルミアは驚きに取り乱す。けれど大人の男性であるリシャールに知られるのは恥ずかしく、仕事のパートナーである人間に子どもっぽいと思われるのはプライドが許さなかった。
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