悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
「そんな風に見えましたか? 気のせいですよ。それよりリシャールさんも寒いですよね? 風邪をひかないうちに急ぎましょう」

「そうでしたね。このままでは私が風邪をひかせてしまいます。引き止めてしまってすみませんでした」

 カルミアが一刻も早く寮に到着することを望めば、リシャールは追及せずにいてくれる。それがリシャールの心遣いなのかはわからないが、カルミアにとっては有難いものだった。

 それにしても勤務初日からこの疲労である。主に心労ではあるが、始まったばかりの密偵生活に早くも不安を覚えたことは確かだ。実際不安しかない。

 まずは明日、料理対決からすべてが始まる。
 そしてカルミアの長い一日は、まだ追わりそうもない。


 朝、職員寮で暮らすカルミアを訪ねる人物がいた。といっても呼びつけたのカルミア自身であり、校門まで迎えに行くことに不思議はない。

「リデロ!」

 懐かしいと表現するには経過した時間はあまりにも短いが、不安だらけの生活を始めたカルミアにとっては顔を見るだけで頼もしい相手だ。
 リデロもまた、カルミアの姿を見ると見慣れた笑顔で応えてくれる。
 そして開口一番、カルミアの癇に障った。

「いやー、良い朝ですね」

「よくもこの私の顔を見て言えるわね。これが良い朝に見えて?」

 詰め寄るカルミアの顔は青白く、その手には栄養ドリンクが握られている。目は完全に座っており、恨めしそうにリデロをにらみつけていた。

「ですよね!? お嬢、なんかやつれてません? すんごい目が血走ってるんですけど、怖いっ!」

「ちょっと徹夜しただけよ。怖くて悪かったわね」

「大丈夫なんですか?」

「安心安全、ラクレット家特製栄養ドリンクで体力は回復させたわ」

「これは本家で働いている仕事仲間から聞いた話なんですけど。昨日の夜カルミアお嬢様が、敵襲の如くすっ飛んできて、書庫にこもって徹夜で帳簿を漁っていったと報告を受けたんですが」

「なんだ、知ってるんじゃない」
< 79 / 204 >

この作品をシェア

pagetop