悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
 それを見て本人たちよりも狼狽えているのはロシュで、なんだか申し訳ない気がした。

 時間になるとベルネは見せつけるように立ち上がる。

「さて、始めようかね」

 保冷庫からいつもの材料を運んできたベルネは野菜を切り始めた。
 一方カルミアはあらかじめ水に浸しておいた米を火にかけると、それきりベルネが調理する様子を観察する。

「なんのつもりだい? 白い粒を鍋に入れたきり料理を始める様子もないとは、まさかそれで完成とでも言うつもりかい?」

(もしかしてベルネさんて、お米を知らないの……?)

 ロクサーヌに米が出入りするようになったのは国が再建され、流通が安定してからのことである。それから食卓に定着するまでにはさらに時間がかかり、ベルネが知らない可能性も考えられる。

「怖気づいたのかい、小娘」

 意地の悪い笑みを向けられたところでカルミアは怯まない。全ては自身が思い描くシナリオを生かすための行動だ。

「ご心配ありがとうございます。私も準備は整いましたので、あとはベルネさんのお手並みを拝見させてもらおうと思います」

「ふんっ!」

 しかし昼休みを告げる鐘が鳴ろうとカルミアが調理を開始することはなかった。
 さすがにベルネだけでなく、ロシュも不安を見せ始めている。

「あんた、真面目にやる気があるのかい?」

「もちろんです」

「もう昼だってのに、わかってんのかい!?」

 ベルネの声にも苛立ちが表れていた。

「そうですよ、カルミアさん! もう審査が始まっちゃいますよ!」

 ロシュはベルネの顔色を窺いながらもカルミアを案じてくれた。

「そうね。そろそろみんな集まっている頃かしら」

 フロアにはカルミアが審査を依頼した三人が揃い、先行してベルネの料理が提供されることになった。
 カルミアはロシュに続いてフロアへ向かうが、ベルネは頑なに厨房から動こうとはしなかった。

 お馴染みのスープにパンが並ぶと、三人は揃って食事を開始する。
 そして最後まで無言のまま、まるで義務のように完食していた。食べ終えた後も手を下ろしたきり、感想を口にすることもない。

「次はカルミアさんの料理ですね」

 表情を変えることなく見事完食したリシャールが問いかける。

「はい。私はこれから調理を開始しますので、少々お待ちいただけますか?」

「これから?」

 予想外の展開にオズも首を傾げる。
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