悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
「お待たせしてすみません。でも、どうしてもこの料理の後でないといけないんです。すぐに用意しますね! それとロシュ、外の扉と窓を開けておいてくれる?」

 カルミアは重厚な入口の扉を指して言う。

「いいですけど、暑いんですか?」

「いいえ。ただ、良い風が吹きそうだと思って」

「風……?」

 ロシュは対決に戻るカルミアを最後まで不思議そうに眺めていた。しかしカルミアの表情は頼もしく、ロシュは言われた通りにすることを決める。

 一方、厨房ではベルネに出迎えられたカルミアが驚きに目を見張る。
 てっきり姿を消していると思っていたので本物かと疑いもしたが、さすがに今日は最後まで見届けてくれるようだ。

「何をするつもりだい、小娘」

「料理に決まってますよ」

 カルミアはリデロから受け取った包みを広げる。
 容器に収まっていたのは固形の茶色い物体で、正体はカルミア特製カレーのルーだ。
 しかしベルネにとっては奇妙な物体に見えたことだろう。それをベルネが見ている前で、彼女が作ったスープに投入する。

「何するんだい!」

「他人の作ったものに手を加えてはいけない、というルールはありませんでしたから、こちらを使わせていただくことにしました。残ってしまっては勿体ないですから」

 カルミアは慣れた手つきでカレーを完成させていく。
 ベルネは次第に立ち込めていくカレーの香りに呆然としていた。

「なんだい、この香りは……刺激的で、惹き付けられてしまう!」

「これはカレーという料理で、スパイスを使って作るんですよ」

「スパイス?」

「香辛料のことです。近年では国外から良質な物が輸入されるようになり、積極的に料理でも使われるようになりました」

 意外なことにベルネはカルミアの説明を大人しく聞いている。
 カルミアが鍋に触れた瞬間に感じた攻撃的な眼差しは消え、料理の完成を見守ってくれた。ベルネの瞳には初めて目にするもの、未知への興味が現れている。
 カルミアは炊き上がった米を皿に盛り、反対側にカレーのスープを流し込んだ。まっさらだった皿には白いご飯と茶色いカレーの美しいコントラストが生まれる。

「ベルネさんの分はここに置いておきますね」

「は!? あたしは食べるなんて一言も!」
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