悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
「いいえ。ベルネさんは話の通じない人ではありません。貴女だってもう気付いているはずです」

 短い付き合いの中でもカルミアは知っている。
 些細な一言にさえ反応するベルネの繊細さ。人に寄り添おうとする優しさも、すべては人の声に耳を澄ませているからだ。学生たちの声に即座に反応するほど、いつだってベルネは人の声を聞いてきた。
 だからベルネも本当は気付いているはずだ。

「ベルネさんは何故、人間に寄り添おうとしたんですか。アレクシーネ様の命令だから? でもそれを決めたのはベルネさんでしょう? 人間に料理を振る舞うことも、ベルネさんが始めたんですよね。思い出してください。初めて料理を振る舞った日のことを!」

「初めて料理を振る舞った日? そんなの……」

 押し黙るベルナは過去を思い出しているだろう。そこにはベルネが忘れてしまった料理への想いが隠されている。

「ああ、そうだったね……。あの時はみんな、美味いって喜んでくれた。人間たちはみんな笑って、あたしはそれが嬉しくてね」

「わかります、その気持ち。私も同じですから」

 だからこそベルネのやり方を認められないと思った。

「では、最近ここを訪れた学生たちは笑っていましたか?」

「それは……」

「見えなくても、聞こえていたはずです。美味しいと言わせた料理は虚しくありませんでしたか? 何度でも言います。ベルネさん、貴女は間違っているんです」

 カルミアの言葉を受けたベルネは押し黙る。そして少しの間を開けてから問いかけた。

「一つ、わからないことがある。どうしてあたしのスープを訳のわからない料理に変えた? あたしへの当てつけかい?」

「ちゃんと知ってほしかったんです。ベルネさんの料理は不味いわけでは有りません。時代にあっていないだけ、それを証明したかったんです」

 ベルネのスープは味をつければ美味しくなった。硬いパンだって美味しく食べる方法はたくさんある。ベルネはただ知らないだけだ。

「もしもスープが純粋に不味ければ、美味しいカレーにすることは出来ませんでした。だからありがとうございます。おかげで美味しいカレーが出来ました」

「普通、礼なんて言うかい? このあたしに」

「言いますよ。同じ学食で働く仲間なんですから」
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